第88話 ただの爆弾魔

 運動場へ辿り着いた人美ひとみたちだが、そこにも《属性結社エレメンツ》の刺客は待ち構えていた。


「よくぞここまで来たね!私が相手だよ!」


 運動場のど真ん中で、仁王立ちでこちらを見据えている声の大きな女子生徒。肩にかけているスポーツバッグには何かが入っているらしく、内側からパンパンに膨らんでいる。


「あの人も見た事あるかも。喋った事はないけど、クラスマッチの時にマキと戦ってた先輩だ」

「何にしても、《属性結社エレメンツ》メンバーならどうせただ者じゃないだろうな」


 アサルトライフルを構えながら、今までよりも余裕のある足どりで得夢は前に出る。広い運動場に来た事でようやく真に全力で立ち向かえる。もちろん油断はしていないが、それでも少し気が楽なのは確かだ。


「もし仮に抵抗しないで降参してくれるのなら、戦う必要は無い。一応警告はさせてもらう」

「お優しいね。でも残念ながら、私は下がらないよ。ようやく全力で戦えるんだから!」


 そう言いながらスポーツバッグの中から取り出したのは、ありふれたガチャポンのカプセルだった。何やら中には砂のようなものが詰め込まれて外側には紐が巻き付けてあるが、あれが彼女の武器なのだろうか。


「私は《属性結社エレメンツ》メンバーの一人、みなみ風穂かざほ!またの名を《炎使いの風穂》と言う!いざ勝負だよ!」


 威勢のいい名乗りと共に、《炎使いの風穂》は右手に持つカプセルをこちらに投げつけた。巻き付けている紐の先端には、いつの間にか火がついている。


「下がれ!」


 投げられたの正体を悟った得夢は人美と生徒会長にそう叫びながら弾丸を放つ。アサルトライフルではなく、腰のベルトから素早く引き抜いた拳銃で。

 アサルトライフルには訓練用のゴム弾が入っているが、こちらの拳銃に入っているのは実弾のようだ。耳をつんざくような銃声とかすかな火薬の臭いがそれを証明している。

 では何故このタイミングで、実弾であのカプセルを撃ち抜いたのか。答えはすぐに返って来た。


 投げられたカプセルから、腹の底に響くような大爆発が起きた。


「おーこれこれ!やっぱり爆発は気持ちいよねー!」

「爆弾……!?殺す気満々じゃん!!」

「大丈夫だよー!ちゃんと気絶させる程度の衝撃になるよう計算してるから!」

「それでも駄目でしょ!!」


 ここに来て現れた正真正銘の兵器に動揺を隠せない人美。どうやらゴム弾で弾くのではなく実弾で貫いた得夢のとっさの判断は正しかったようだ。実弾で強引に爆発させていなければ、今ごろ人美たちは爆風に煽られてダメージを負っていただろう。


「せっかくの私のお手製爆弾なのに、今回みたいなおっきい作戦じゃないと使わせてくれないからねー。じゃんじゃんいくよー!」

「クソっ、《属性結社エレメンツ》一の脅威は奴で決まりだな」


 得夢はアサルトライフルを地面に置き、拳銃をもう一つベルトから引き抜いた。こちらにはアサルトライフルのと同じ非殺傷ゴム弾が入っている。それを右手に、爆弾処理用の実弾拳銃を左手に。

 両手に拳銃を持って、生徒会護衛の少年は爆弾魔少女と向き合った。


「中の砂っぽいのは火薬で周りの紐が導火線か……よくそんなもの自作したな」

「ご名答!花火の中身ほじくりまわして頑張って火薬集めたんだ!」


 笑顔で堂々とガシャポンのカプセルを見せびらかす風穂。まるで夏休み全てをかけて作った工作でも披露するような仕草だが、その手にあるのは正真正銘爆弾そのものである。得夢は今日最大の警戒心でもって睨むばかりだ。


「それじゃいくよ!!」


 風穂はアンダースローでカプセルを3つ同時に放り投げ、直後にそれは爆発する。

 それを合図にするかのように、両者は再び激突した。





     *     *     *





 グラウンドから重く響く爆発音を聞いて、教室を出ようとしていた美菜央みなお彩芽あやめは足を止めた。

 普段から殺し屋稼業をしている彼女は爆弾なんかもたまに目にするため、物騒な爆発音にもさほど驚きはしなかった。だが放課後の校庭でそれが響いたとなると、気になってしまうのも仕方がない。


「物凄い派手な爆発ですね……誰ですか一体」


 教室の窓からグラウンドを眺める彩芽は、次々に起こる爆風によって舞い上がり続ける砂埃や黒煙を見て、その中心に目を凝らした。

 少し離れた所にいるのは、友人である人美とたぶん生徒会長であろう女子生徒。そして土煙の壁を破って出て来たのは、カプセルをいくつも持っている女子生徒と、両手に拳銃を握っている男子生徒。


「はぁ……」


 その姿を見て、彩芽は小さくため息をついた。

 彼とは同じ年に入学した同学年なのだから、当然この学校にいるのは知っているしいつか会うだろうとは思っていた。

 だが。


「まったく……何やってるんですか」


 無意識に左肩へ手を当てて、殺し屋の少女はそう呟いた。

 普段と変わらないポーカーフェイスで、しかしその声色には若干の悔しさがこもっていた。


「私が唯一殺せなかった人が、こんな所で」

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