第86話 闘争と逃走の始まり

「ぎゃっ、何これ!?」

「目が……!!」


 とっさの出来事に反応が遅くなった人美と生徒会長は閃光弾をもろに食らってしまい、その場にうずくまってしまった。

 そしてその隙を逃さず、《電気使いの八菜はな》はスタンガンを片手に走り出した。狙いは生徒会長を守るように一番前へ立ちはだかる得夢とくむ


「悪いけど、会長さん以外は眠っててもらうよ!」

「させない!」


 あと一歩のところまで接近していた八菜のスタンガンを、真季那まきなのエネルギー弾が撃ち抜いた。視覚と聴覚を潰した程度では超高性能ロボットの真季那を足止めする事は出来なかった。


「私にそんなお粗末な攻撃は通じないわよ」

「うひゃー……そう言えばあなた機械なんだっけ。それじゃあこんなのも効かないよね」


 エネルギー弾によって穴の開いたスタンガンをぽいっと放り捨てながら、それでも八菜は笑みを浮かべていた。


「まだ何かありそうね……あなたたちは逃げて。電気使いの先輩は私が食い止めるわ」

「……分かった!頼んだよマキ!」


 あの真季那が敗れる事など万が一にもあり得ない。そう確信しているからこそ、人美は無駄に躊躇したりはしなかった。真季那へ背を向けて、爆破によって割れた窓へと走り出す。


「マキ!お願い!」


 もはや言葉にしなくとも、真季那には人美が何を頼んでいるのかが分かった。真季那は先ほどよりも出力を上げたエネルギー弾を、後ろへ向けて放った。それは人美を追い越し、先の爆発によって窓の割れた生徒会室の壁をまとめて粉砕した。


「ありがとマキ!」

「ちょ、真季那ちゃん!?人美ちゃん!?」


 生徒会長が驚愕のあまり目を丸くするが、人美は止まらない。

 本来の出入り口である扉の前には《属性結社エレメンツ》の2人、比呂士ひろとと八菜が立ちふさがっている。なら、脱出経路は一つしかない。


「うりゃああああああ!!」


 気合いを入れて、校舎3階から身を投げた。真季那が壁に大穴を開けてくれたおかげで、人ひとり余裕で飛び出せる空間が出来ていた。

 一瞬の浮遊感が人美の体を包むが、すぐにそれも消える。目の前にそびえ立っていた樹木の枝を両手で掴み、落下を免れたのだ。


「よっと……怖かったけど、なんとか成功した……!さあ、会長先輩も早くー!」

「え……私も今のを……?」

「だいじょーぶですよー!大して自慢できる運動神経でもない私が成功したんですから!」


 木の幹にしがみつきながら人美は数メートル離れた所にいる生徒会長へ叫ぶが、小柄な生徒会長は首をぶんぶんと振って拒否を示す。人美は「参ったなー」と頭をかくが、生徒会長の反応は至極当然である。

 稀に起こる非日常体験のせいかおかげか、人美の恐怖心は変な所でバグを起こしているようだ。普通の女子高生は校舎3階から命綱ナシでアイキャンフライしようとはしない。


 人美は生徒会長の背後を見やる。そこではスイッチ一つで電撃が流れるビリビリラケットを振り回す八菜と、それを華麗に躱す真季那がいた。今すぐに追って来る気配は無いが、すぐ近くにいたはずの比呂士の姿が無い。《属性結社エレメンツ》はあの2人だけではないだろうし、恐らく別の仲間と合流でもしてるのかもしれない。どっちにしろ、ここで立ち止まっている訳にもいかない。


「会長先輩ー!はやくー!」

「うう……や、やるしかないんですか……!!」


 胸の前で両手をぎゅっと握りしめ、覚悟が決まらぬまま一歩前へ進む生徒会長。そのまま走り出そうとしたその時、一足先に生徒会長の足が地面から離れた。


「ふぇあ!?」

「会長、失礼します」


 足を滑らせ落っこちたのかと錯覚して変な声をもらす生徒会長の体は、いつの間にか小さなナップサックを背負っていた得夢によって持ち上げられていた。両手で小柄な生徒会長をしっかりと横抱きにしたまま、もはや壁の部分が見えないような壁の穴を越え、そのまま飛び降りた。


 直後に、得夢の背負っていたナップサックから勢いよくワイヤーが背後に射出され、重力に引っ張られて加速する前に、彼の体は3階の壁に固定された。後はそのままワイヤーをゆっくりと伸ばして、安全に地面に降り立つだけだ。


「大丈夫でしたか、会長」

「え……!?あ、うん、大丈夫です……」


 無事に校舎裏の土を踏んだ得夢は、ワイヤーを巻き取りながら平然と生徒会長の無事を確認する。彼女の方はいきなり体を持ち上げられて声を上げる間もなく3階ぶんの高さを一気に降りたので、意識が追い付くのに少々ラグがあったようだ。それに男性にお姫様抱っこされた事なんて初めてで、思考が追い付くと僅かに顔が紅潮していた。


「ねえねえ、今の特殊部隊みたいなの何?」


 一方ガサガサと木を揺らしながらようやく降りて来た人美は、髪についた木の葉を振り落としながら得夢の背中を指さす。3階の壁に突き刺していたフックは外され、掃除機のコンセントプラグのように自動でナップサックへと戻っていった。


「ワイヤーパック。垂直の壁を降りる時に使う道具だ」

「すごいね……何でそんな特殊部隊の装備みたいなのが生徒会にあるの?それにあっさり使いこなしてたし」

「護衛なんだから、むしろあれくらい普通に扱えないと失格だ」


 相変わらず生徒会長以外には素っ気ない得夢だが、どうやら『生徒会護衛』という彼の肩書は伊達じゃないようだ。


「ひょっとしてその肩にかけてるモデルガンも本物だったり……?」

「それより速くここから離れるぞ。迎え撃つなら広い場所がいい。運動場だ」

「ちょっと答えてよ怖いじゃん!!」


 何気なく彼が握り直した黒い塊が、急に明確なアサルトライフルへと変貌したように錯覚した。人美は友人に殺し屋稼業をやっている少女がいるが、それでも本物の銃なんて見てるだけでも緊張してしまう。窓から紐無しバンジーをしたばかりの人美でも、そこは一般的な感性を持っているようだ。

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