第84話 レッツ直談判

「失礼します!」


 扉越しにでも聞こえる大きな声と共に、生徒会室の扉が力強く開け放たれた。入口と向かい合う位置に座って長机にぐでんと突っ伏していた部屋の主は、弾かれたように体を持ち上げた。


「せめてノックぐらいしなさいよ……驚かせてしまったじゃない」

「ごめんごめん、ついね」


 開け放たれた扉から遠慮なく入室する人美ひとみと、扉の前できちんと一礼してから入る真季那まきな


「えーっと、お客さん、かな……?」


 部屋の中央に長机を2つくっつけてできた大きな机があり、それを囲むようにパイプ椅子が置いてある。その一つから腰を浮かせた小柄な少女は、人美たちが道場破りとかそういうのでは無いと分かると、ゆっくりと息を吐いて2人に座るよう促した。


「どこかで見たと思ったら、体育祭であの化け物と戦ってた一年生さんですよね?確か、真季那ちゃんと人美ちゃんだったかな」

「私たちの事、ご存知なんですね」

「まあ、生徒会長ですから」


 真季那の言葉に胸を張って答える生徒会長の少女。確かつい最近、新生徒会に引き継がれていたはずなので、彼女は一つ上の2年生だろう。それにしては少し小柄な気もするが。


「それで今日はどんな用事ですか?副会長さんと書記さんと会計さんはみんな出払ってるから、今は私と彼しかいないんですけど」

「彼……?」


 生徒会長が示す先には、男子生徒が扉のすぐ近くに直立していた。肩には何故だかアサルトライフルのモデルガンがベルト掛けされている。まるで軍事基地の警備兵のような張り詰めた空気を一人だけまとっている彼の存在を、人美は言われるまで気が付くことも出来なかった。


「どうも。生徒会護衛担当、青集せいあつ得夢とくむ


 得夢と名乗った少年は、モデルガンのグリップに手を添えたまま短く自己紹介をした。


「え、ごえい?護衛って何??」


 生徒会とはかけ離れた単語に首をかしげる人美に、生徒会長は笑って説明した。


「前会長がスカウトしたんです。本校の生徒会は会長、副会長、会計、書記、護衛の5人で運営してるんですよ」

「そんな物騒な役職必要なんですか……?」

「生徒会ともなるといろいろあるんですよ。まあそんな事よりも」


 意味ありげに言葉を濁した生徒会長は、さらりと話題を戻す。


「さっきも言いましたが、生徒会メンバーは今日は2人しかいません。それでも良ければ要件を聞きますよ」

「そ、そうですか。それじゃあ、実はちょっと言いたい事がありまして」


 護衛とやらが必要な生徒会業務やそんな物騒な任を担っている少年の事は気になるものの、人美はとりあえず当初の目的について切り出した。


「今年あるはずだった文化祭が無かった件について、詳しく聞きたいのですが」

「……やはり、来ましたか。まあ、いつか来ることは覚悟していたんですけどね」


 生徒会長の声のトーンは下がり、空気が変わった。

 彼女は独り言のように小さく呟き、ちらりと人美と真季那の方を見た。


「もちろん、これは先生方と相談を重ねたうえでの文化祭中止なんです。そしてこの件について深く知れば、あなた達の身にも危険が及ぶかもしれません……」

「え、何その意味深な言葉」


 楽しみの一つだった文化祭を中止にした訳を問いただす為に直談判に来た人美だったが、生徒会長の真剣な顔を見るに、どうやらただ事ではなさそうだ。


「危険が及ぶとは、具体的にどのような?停学とか教育指導とか、そう言う?」

「いえ、『彼ら』にそんな権限はありません、あくまで一般生徒ですから。もっとシンプルで、もっと危険な事です」


 その小柄な容姿に似合わぬ神妙な面持ちで真季那の問いに返す生徒会長の視線は、ふと得夢へと向けられた。


「この話は、彼を護衛として生徒会に招き入れた理由にも深く関わって来るものです。ここまで言えば、分かりますよね」

「まさか」


 生徒会に護衛など、今まで聞いた事も無かった。そんな役職が用意されているという事は、すなわち、それだけの『力』が必要だという事。


「あなたの言う『彼ら』とは、生徒会に武力行使を行っている、のですか……?」

「その通りです、真季那ちゃん」


 生徒会とは、教師たちと最も近く、また生徒の中で一番の権力を持っていると言っていい。そんな生徒会に武力で攻め入るなどというテロリストのような生徒達がこの学校にいるというのか。


「私たち生徒会は一般生徒たちが『彼ら』について知らないよう、『彼ら』に関連する情報をずっと秘匿してきました。『彼ら』はそれだけ危険で、無闇に関わってしまえば、きっとただじゃ済まない」

「……何コレ映画の話??」


 思った以上に壮大な話に人美の理解が追い付かなくなってきた所で、生徒会長は2人に尋ねた。


「……今の私に言えるのはここまでです。あなた達が体育祭の時の化け物と戦い合えるような強さを持っていても、出来れば巻き込みたくはない。どうか全てが解決するまで、返答は待ってくれませんか?」

「解決するんですか?そんな面白そ……危ない人達との問題なんて」


 うっかり出そうになっていた本音を押しとどめながら、人美は尋ねる。生徒会長は痛い所を突かれたような顔で固まった。


「……今の所は、『彼ら』の攻撃から身を守るので精一杯です。決して得夢さんの実力が劣っているというわけではありませんが、『彼ら』は何度退けられても攻めて来るのです。諦める気は無いのでしょう」

「それなら、私たちも手伝いますよ!ね、マキ?」

「まあ、そんな危険な人達の事を聞いてしまった以上は見過ごせないわね」


 武力には武力で。

 そう言った点では、どれだけ危険だろうと一般生徒が真季那に勝てるはずがないだろう。


「うーん、でもやっぱり危険な事に巻き込むわけには……」


 無関係な生徒を巻き込む事に抵抗がある生徒会長はそう渋るが、直立不動の得夢が静かに進言した。


「この現状が長引けば、他の行事にも支障をきたすかもしれません。彼女らの強力が得られる今が好機なのでは?」

「そ、そう言われるとそうですが」

「それに―――」


 得夢の言葉は不自然に途切れた、その刹那。

 生徒会長が背を向けている窓のすぐ向こう側。校舎3階にある生徒会室の窓の外で、轟音を響かせて何かが爆発した。


「―――ッ!!」


 爆発の衝撃波によって砕け散った窓ガラスが生徒会長の下へ降り注ぐ寸前で、得夢は小柄な生徒会長を抱えて部屋の隅に避難させていた。生徒会護衛の目にも留まらぬ早わざに、人美や真季那はおろか救出された生徒会長すらも反応出来なかった。そんな中、得夢はベルトで肩に下げていたモデルガンを構えた。


「それに、『彼ら』は待ってくれないみたいですよ」

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