奪還の文化戦争 編

第83話 私たちの文化祭は何処に

「ねえマキ、私気づいちゃった」

「どうしたの急に」


 ある日のお昼休み。購買で買った焼きぞばパンを食べながら、呼詠こよみ人美ひとみは友人の真季那まきなにそう切り出す。改まってどうしたのかと真季那は怪訝そうに聞き返した。すると人美はグッと拳を握りしめて、世界の真理に気づいてしまったかのように告げた。


「私たち、文化祭してなくない?」

「…………」


 予想はしていたが、やはり大した事ない話だった。この前人美が切羽詰まった声で『5回連続でサイコロの同じ目が出た』と真夜中に電話して来た時と同じくらい大した事ない。だから真季那は、その時と同じ反応をした。


「そんな事だろうと思ったわ」

「何その反応!?マキは何とも思わないの!?」


 食べ終わった焼きそばパンを包んでいた紙をくしゃりと握り潰しながら、大仰な手振りで人美は主張する。


「文化祭って言ったら高校行事の一位二位を争う大行事だよ!それなのに今年は何も言われてないじゃん!もう秋も過ぎ去って冬だと言うのに!」

「文化祭が3年に一回しかない学校もあると聞くけれど」

「でもこの学校は毎年あるって入学した時の説明会で言ってたじゃん」

「あなた説明会聞いてたのね。集会とかは寝てる部類の生徒だと思ってたわ」

「寝てたよ?後から聞いた」

「……そう」


 真季那はいっそ関心するほどに呆れながら、話を元に戻す。


「それで、人美はどうしたいの?」

「そりゃあ文化祭したいよ。だからそのためにね、そのために……何すればいいんだろ」

「何か案あっての行動じゃなかったのね」


 これも彼女らしいと言えばらしいだろう。

 真季那自身は文化祭があろうがなかろうがどちらでもいいのだが、言われてみれば確かに気になるのだ。なぜ今年だけ文化祭を開催しないのか。だから真季那は苦笑を浮かべながら、一つ提案する。


「文化祭含め、学校にあるほとんどの行事を裏から支えている人達がいるのを、人美は知ってる?」

「裏から支えて?先生達?」

「それもあるけど、あくまで生徒側から。彼らに聴けば大体の事は分かるんじゃないかしら」

「…………あっ、もしかして」


 何かに気付いた人美は声を上げ、真季那は薄く笑みを浮かべて頷く。


「そう、生徒会よ」





     *     *     *





「それじゃあ予定通り、今日の放課後に作戦決行だ」


 お昼休みの校舎裏。日陰にこっそり隠れるようにして集まる複数の影があった。そのうちの一人、リーダーらしき三年生の男子生徒は小さく呼びかける。


「本来なら執り行われるはずだったあの忌まわしき文化祭は潰えた。他ならぬ僕たちの手によって。だけど油断しちゃ駄目だ。文化祭が行われなかった事に疑問を持った一年生辺りが、何か動きを見せるかもしれない」


 全員に言い聞かせるように語る少年の周りには、3人の少女がいる。皆今まで様々な戦いを共にくぐって来た、一蓮托生の仲間だ。

 しかし、本来ならば『そこ』に、もう一人。彼の親友である少年がいるはずだった。


「だから今回はこんなに大規模にいくってわけね」


 その中でも特に落ち着いた雰囲気の少女が、ミネラルウォーターのペットボトルを片手に言う。


「去年までは毎年行われていた文化祭が、今年は何の告知も無しにスルーされた。確かに初めての文化祭を楽しみにしていた一年生は疑問を懐くでしょうね」

「ああ、だからこそだ」


 少年は苦々しい顔でうなずきながら、久しく顔も見ていない親友に思いをはせる。


「学校に来なくなった『あいつ』のためにも、僕たちは屈してはならない。文化祭なんていう悪魔の行事は、始めさせては駄目なんだ」

「ついに全面対決かぁー!燃えて来るね!」


 内緒話をしていると言うのに一人だけ声の大きな少女は、他の仲間たちに『声のボリュームを下げろ』という視線を受け、慌てて口を閉じる。そんな彼女に、自作の炭酸飴を口の中で転がす少女が頷いた。


「でも気持ちは分かるよ。例年通りなら文化祭が始まっていた秋ごろの『あの日』の戦いも結構大変だったけど、あの時は結局勝負がつかなかったからね。今回こそは、奴らにきっちり分からせないと」


 彼らの気持ちは一つだった。

 少女たちにとっては、彼女たちが入学してから何かとお世話になっていた先輩の一人。

 少年にとっては、幼い頃からずっと苦楽を共にしてきた唯一無二の親友。


 不登校になってしまった少年と再び学校生活を送るために。平和な学校の裏で、彼らは動き出した。

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