第81話 とある悪魔の新人研修
件の新人は、ちょうどザウマスが昼休みに入ったタイミングでやって来た。新人の教育係を任されているザウマスは、バックヤードで新人と挨拶をした所だ。
「えーっと、あなたが新人の方で間違いないですか?」
「ああ、
綺麗な黒髪と赤い瞳をした、高校生くらいの少年。緊張する素振りを全くみせない堂々とした立ち振る舞いだった。
「亜熊さん、ですか……早速一つ、先輩として言わせていただきます」
「ん、何だ?」
「まずは言葉遣いです。私には構いませんが、他の先輩やお客様には敬語を使うのですよ」
そしてザウマスは地影へビシッと人差し指を突き付けた。厳密には、彼の着ている服へ。
「そして何より、その服装はないでしょう。何故真っ黒なマントを羽織っているのですか!」
「あーこれな。俺様もどうすっか迷ったんだがな……」
地影は過去を思い出すように遠い目をし、そしてうっすらと笑った。
「これはチカラも無くなった俺様が『悪魔』だった事を証明する唯一のマントだ。生きるために今日から働く俺様にとっては勝負服みてえなもんなんだ」
「悪魔……?」
突如飛び出したコンビニ店員には不釣り合いな単語にザウマスは首をかしげる。もっともそれは、悪魔という言葉に聞き慣れないからではない。
その逆。馴染み深いからだ。
ザウマスが昔いた世界には魔法が存在する。そして伝承では、『魔法に必要な魔力は悪魔が人間界に振りまいている』と言われている。
異世界の悪魔とこの世界の悪魔とではいろいろと違うのかもしれないが、ザウマスにとって悪魔とは会った事こそ無いにしろ、存在すると信じているものだ。
「……確かに言われてみれば、あの魔王のものとは若干性質の違う、魔力らしき力の残滓が感じ取れます……」
「もうチカラはすっからかんだけどな。もしかして先輩も同類?」
「いいえ、むしろ逆です。異世界で魔物を倒し続けてましたから」
「え、異世界ってマジかよ」
会話の流れでさらっと異世界出身だという事を話してしまったザウマス。だが地影は訝しんだり笑ったりせず、普通の事のように受け入れた。彼も悪魔として、異世界の存在くらいは知っていた。
「話が逸れましたがともかく、そのマントがただのお洒落ではなく大事なものだとは分かりました。ですが、接客時には外してもらいますからね」
「分かりましたよ、センパイ」
2人の出身地の話はひとまず置いておく事にして、ザウマスは地影に仕事を教える事にした。新人の教育など初めてなので上手く出来るか少しばかり不安なザウマスだったが、店長の期待に応えられるよう頑張らねばと気合いを入れ直した。
「それじゃあまずは―――」
* * *
時刻は回って日の入り時。
ザウマスは自分のシフト時間が終わる時間まで地影へ仕事を教えていた。敬語を使わない彼だが接客態度は意外にも悪くないもので、さらには物覚えも良く、教えた仕事は次々とこなしていった。
「このペースだと、一週間もすれば私たちと同じように働けるでしょうね」
「ほえー、そんなに優秀なんですね」
「ええ。もしかしたらコンビニアルバイターの申し子なのかもしれません」
ザウマスは隣のレジに立っている
「私も生活費を稼ぐのに一杯一杯なので、彼には共感できます。せめて仕事面だけでも、先輩として出来る限りのサポートはしてあげたいものです」
自動ドアのガラス越しに見る新人の背中は、まだまだ大きいとは言い難い少年の背中だったが、ザウマスは彼に光るものを見出している。
「きっと彼は一人前のアルバイターに、いや、一人前にとどまらない大物になりますよ」
「……アルバイターって大物なんですかね?」
「大物ですよ。正社員の皆様と共にこのヘブンイレブンを担う、立派な役職です!」
桃色の髪の波流星は首をかしげる。しかし、アルバイトに生活の全てをかけているザウマスは『コンビニアルバイター』という職業は大きなものだと信じて疑わない様子だ。グッと拳を握りしめて少年のように目を輝かせている。
「まあ、これはこれで楽しくなりそうかも」
なかなかクセのある新人との話だが、はたして彼はザウマスの下で働くうちにどうなっていくのか。
これからも退屈しなさそうだ、と異星人は静かに微笑んだ。
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