第80話 ありふれたコンビニのありふれない店員たち

 生活費を稼ぐため、今日も今日とてコンビニのアルバイトに励む、異世界からやってきた剣士ザウマス。今は朝食を求めて殺到するお客さんもいなくなり、ようやく忙しい時間帯を乗り越えた感じだ。


「毎日決まって同じ時間に行動するこの世界の方々を、イディーには見習ってほしいものです……」


 棚の前で屈んで弁当やおにぎりの品出しをしながら、ザウマスは独り言ちる。

 ザウマスと共に異世界からやって来たマイペースな少女イディー。今日のシフトは早朝からだったので、家でまだ寝ているであろう彼女の朝ご飯は作り置きだ。


「私の剣術やイディーの聖術も、この世界においては必要のない力。この世界で生きるうえで本当に必要なのは、戦うチカラなんかではなく社会に馴染んで生きて行くチカラなんですから」


 自分に言い聞かせるようにザウマスは呟き、屈んだ姿勢からよっこらせと立ち上がった。イディーと二人で貧乏ながらも生きて行くため、今日もアルバイトを頑張らなければ。そう改めて気を引き締めた所で、ちょうど店内に入って来た女性と目が合った。


「おや、ザウマスさん、おはようございます。今日も早いですねー」

「おはようごさいまず、波流星なるせさん」


 ザウマスに挨拶をしながら自動ドアをくぐるのは、明るい桃色のショートヘアをしたザウマスと同い年の女性。白色のケープポンチョで両腕を隠しながら、寒そうに体を縮こまらせている。


 彼女の名は、波流星なるせ・エイリーバ・コスモス。ザウマスと同じくヘブンイレブンでアルバイトをしており、ザウマスの先輩アルバイターでもある。


「いやー、あっという間に寒くなりましたねー。風がちべたい」

「確かに最近冷えてきましたが、そんなにですか?うちはまだ冬物出してませんけど……」


 ザウマスがクローゼットの中身を思い出しながらそう答えると、波流星は寒そうに腕をさすりながら笑みを作った。


「あはは、それは大丈夫だと思いますよ、私が寒がりなだけですから。最近の地球はあったかいって聞いたんですけどねー」


 店内の丁度いい室温に慣れたのか、縮こまった体をほぐすように伸びをして、彼女はバックヤードへと入って行く。緑色を基調としたヘブンイレブンの制服に着替えて出て来た波流星は、ザウマスが待機している隣のレジに立ってため息をついた。


「はぁ……この星は温暖化とかであったかくなってるって聞いたんですけどねぇ。まだあんまり進んでないんでしょうか」

「私が聞いた話だと、温暖化は改善すべき問題らしいですがね。あまり望むものでもないと思いますよ」

「確かにそうだ。この星は温暖化とか環境問題とか、いろいろ大変ですねー」


 地球の問題に対して、どこか他人事のようにそうぼやく波流星。もっとも彼女の場合、本当に他人事なのだが。


「波流星さんの故郷では、そう言った問題はないのですか?」

「まあ、あるにはあるんですけど、文明の力でゴリ押してる感じですね。地球よりも住める面積がずっと狭いんで、問題にも隅々まで手が届くといいますか」


 客がいないのをいいことに盛大に伸びをしながら、波流星はそう言った。

 二人の会話からもう分かる通り、波流星はこの星の人間じゃない。はるか遠くの惑星『グリーンスター』からやって来た、異星人なのである。


「でもまあ、文明が発達すればいいって話でもないんですよねー。名前に反して、ほとんど機械化されたウチの故郷には地球のような自然はありませんから」

「そういうものなんですか。私の故郷はここより文明が低かったのでよく分かりませんが」

「ザウマスさんのふるさとは異世界だっけ。最初聞いた時は驚いたなあー」

「この世界の方に話すのは初めてだったので、私も緊張しましたよ」


 数か月前の事を懐かしむ波流星と、同じ時を思い出して苦笑を浮かべるザウマス。


 そう。

 ザウマスと波流星は、お互いが異世界人と異星人である事を知っている。


 もちろん最初は、お互い『ちょっと謎が多い普通の人間』としか思っていなかった。だがある日、ふと波流星が言ったのだ。自分は遠くの星からやって来た異星人だ、と。


「今思えば、なぜ波流星さんはご自身が異星人だとあっさり話したんですか?」

「んー、そうですねー」


 波流星は2ヶ月ほど前の事を思い出すように、腕を組んで唸る。


「もしかしたらザウマスさんもなのかなって思ったのもあります。私の事を話したら、ザウマスさんも話してくれるかなーって。やっぱり、似た者同士なら仲良くしたいじゃないですか」

「似た者同士、ですか……」


 地球外の存在という意味ではそれも合っているのだが、だとしてもそんな話を自分から話すのはとても勇気がいるだろう。ザウマスだって異世界の話を波流星にした時は緊張したものだ。

 それに彼女の事情は何も知らないが、彼女は故郷から遠く離れた地球に1人で暮らしている。少しぐらい寂しいと思う事だってあるはずだ。

 ザウマスはどう声をかけたものかと躊躇ったが、当の波流星は特になんてことの無い表情で続けた。


「でも一番はやっぱり、面白そうだったからですね!」

「……随分軽いですね」


 どうやらザウマスの心配は杞憂だったようだ。彼女は寂しそうなどころか何事も楽しそうにしていた。



「それはそうとザウマスさん、確か昨日はシフト入ってませんでしたよね。店長から伝言を預かってますよ」

「店長からですか?」


 宇宙規模の話題を脇にどけて、波流星はアルバイターらしい話を切り出した。


「店長がですね、ザウマスさんに今日から来る新人さんの教育を頼みたいんですって」

「新人ですか……急ですね」

「それがですねー」


 波流星は内緒話でもするように声をひそめて近づいた。


「何でもその新人さん、ザウマスさんと同じでな少年みたいなんですよ」

「……まさか、異世界人ですか?」


 自分たち以外に異世界から人間がやって来たのかと、波流星に釣られて声を潜めてしまうザウマスだったが、波流星はゆっくりかぶりを振る。


「それはまだ分かりません。でもきっと、何かあるでしょうね」

「なるほど……少なくとも悪い方ではないと思いますが、一応気に留めておきましょうか」


 身元不確かとはいえ、ちゃんとした面接を合格した新人。そうそう問題が起こることは無いだろう。


「それにしても」


 内緒話を終えた波流星は姿勢を正しながら、まるで遊園地の遊具の列に並ぶ子供のような、目前の楽しみに期待を膨らませるような表示で続けた。


「この星に来て、何となくで始めたアルバイトでしたが、これからも面白くなりそうですねー。お陰様で毎日退屈しませんわ」


 あははは、と軽快に笑う波流星。20歳のザウマスと同い年くらいの彼女だが、時たま見せる無邪気な笑顔は何だか年下の少女のようにも見えた。


「さて、今日も頑張りますかねー!」


 気合いを入れるようにぐっと伸びをする先輩の横顔を眺めながら、ザウマスはふと思う。


 宇宙人はいるいない問題はこの星の人間が絶え間なく続けている論争の一つだが、そんな地球人の奮闘はいざ知らず。未だ観測されていないような遠くの星からやって来た異星人は、今日も異世界人と共にアルバイトをしている。


 灯台下暗しと言うのも少し違う気もするが、生涯を賭して宇宙の神秘について研究している人々を思えば、なんだか同情を禁じ得ないザウマスだった。

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