第77話 最良の選択肢はどっちだ

 赤髪が特徴的な少女、星海せかい摩音まおは、スーパーの前に設置されていた屋台の焼き芋を買って食べながら、買い物袋片手に歩いていた。おつかいを頼まれた帰りだ。


「ふむむ、やはりこの世界の食べ物は美味い。植物の根を焼いただけでこんなに美味いとは」


 元異世界の魔王はそんな身も蓋もない事をいいながら、幸せそうな顔で焼き芋を見つめた。


「それにしても、もう焼き芋が売られる季節か……。早いものだな」


 気が付けばもう10月半ば。季節が巡るのはあっという間だ。魔王として何百年も生き続けた前世もあったが、あの時は季節も何も感じていなかった。世界中の魔物に暴虐の限りを許し、また自分も随分と悪事を働いたものだ。時には今食べている芋のような作物を村ごと焼き払った事だってある。


「今となっては愚かの一言だな。反省しよう」


 平和が一番。人間になってそれを実感した。


「ん、あれは……」


 そんな事を考えながら焼き芋を食べ終えた頃、ちょうどある人物を見かけた。その少女は自動販売機の前でジッと固まっている。


「イディーだったか。どうしたんだ?」

「あ、魔王」


 15歳くらいの少女―――イディーは、がま口の小さな財布を両手で握りしめながらこちらに気づいて振り向いた。彼女は摩音が魔王として存在していた世界で、勇者の仲間の一人として戦っていた聖術使いだ。


「どうしたんだ、自販機の前で固まって」

「もちろん、ジュースを買おうとしていた」

「いやそれは分かる。買わないのか?」


 摩音は彼女の横に並んで自販機を見上げる。2台並んで設置されている自販機には、水やジュース、コーヒーなど様々な飲み物が売られている。そのラインナップに『つめた~い』だけでなく『あったか~い』が追加されている所が、また季節を感じさせる。


「買いたいのだけど、実は悩んでて」


 イディーは短くそう言って、左右ある方の、右の自販機の一点を指さす。ペットボトルのオレンジジュースだ。


「この自販機のジュースは、1本110円。安くてお買い得」

「確かに、500ミリリットルでその値段は安いな」


 続いてイディーは左の自販機を指さした。


「こっちは一本150円。ちょっと高い」

「じゃあ右の台で買えばいいじゃないか?」

「ところがどっこい、そうもいかない」


 小さく首を振るイディーの指先は、オレンジジュースからもう少し下へ、ちょうど取り出し口の上の方に書かれている文字に向けられた。その文字を読んで、摩音は唸る。


「むむ、『運が良ければもう一本』か……。確かにこれは悩むな」


 最近の自販機には、購入後にランダムで当たりが出て追加でもう一本貰えるシステムがある。完全に運だが、飲み物一本がタダになるというのは魅力的だ。


「それに、ザウマスからは無駄遣いをするなって言われてる。安く1本買うか、2本の可能性に賭けて高い方を買うか。これは重大な選択」


 ザウマスとは、イディーと共に暮らしている、これまた勇者の仲間の一人だ。彼はコンビニでアルバイトをしながら生計を立てているので、お金の管理に誠実なのだ。

 そんな元剣士主夫の言葉を覚えている割に、自販機でジュースを買う事は大前提としているイディーだった。


「魔王だったら、どうする……?」


 参考までに、と摩音へ首を向けるイディー。向こうの世界で5本の指に入るほどの超強力な聖術使いとしての彼女を知っている摩音としては、値段差40円のペットボトル2本で真剣に悩む姿はどこか可笑しく見えた。


「そうだな……我だったら、己を信じて賭けに出るな」


 摩音だったらこの局面は、大胆に攻める作戦のようだ。元は魔物の王として無茶とも言える作戦を決行したりしたものだ。何事も勢いが大事なのである。


「なるほど。魔王はギャンブラーだね」

「それほど大きな賭けでもないがな」

「……よし」


 しばし悩んだ後、イディーは意を決して自販機へお金を投入する。1本150円で運試しの、左の自販機だった。


「私は聖術使い。神に祝福された者。きっと勝利の女神は微笑んでくれる」

「大袈裟だな……」


 イディーはオレンジジュースのボタンを押した。飲み物が音を立てて取り出し口に顔を出し、硬貨投入口の上にある小さなパネルに5ケタの数字が表示される。それの1ケタ目はルーレットのように次々と移り変わり、やがて止まる。


「……外れたな」


 結果は摩音が呟いた通り。ごく普通のハズレだった。


「…………」

「ま、まあ残念だったな。そうそう当たる者では無いし、気にする事じゃないぞ」


 摩音はパネルを見つめたまま黙ってしまったイディーの背中をバンバン叩いて励ます。するとイディーは、無言で財布から新たなお金を取り出し始めたではないか。


「大丈夫、今度は当たる……当たる気がする……」

「おいやめておけ」

「止めないで魔王、今度こそ当たるから。当たる自身がある。当たる気しかしない」

「その自身はどこから来た!本末転倒だという事に気付け!」


 かつて異世界の戦場で少女とは思えない戦闘慣れした精神と実力で猛威を振るっていた聖術使いが、今やギャンブル沼から自力で抜け出せない域に達してしまう場面を目撃してしまった元魔王の少女。


 このままではあの地で彼女に倒された魔物たちの面子が立たないという魔を統べる王らしい理由と、純粋にこの少女にお金の無駄遣いを止めさせなければという魔王らしからぬ良心から、摩音はイディーが諦めるまで全力で止めたのだった。

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