第76話 湿っていても暖かい
「雨は嫌い」
「いきなりどうしたの……」
しとしとと雨が降る10月のある日。天気も相まってそこそこ冷える帰り道を傘をさしながら歩く、二人の人影があった。
人美は赤い傘越しに雨模様の空を見上げながら、短くそう言った。
「何が嫌いなのかしら。何か悩んでるなら聞くわよ?」
『雨が嫌い』などといきなり詩的な事を呟くものだから、真季那はやや困惑しながらも人美に尋ねる。
「いやあ、雨ってさ、濡れるじゃん?」
「ええ、まあ水だもの」
「だから嫌いなんだよねー」
「……………………それだけなのね」
「え?」
そうだけど?と今度は人美が困惑したように聞き返す。真季那は思った以上に大した事のない人美の悩みに、拍子抜けしたようにため息をついた。
「濡れるのは傘をさしておけば解決すると思うのだけれど」
「いやいや、それでも濡れるじゃん」
そう言う人美が肩にかけている鞄は、確かにちょっぴり湿っていた。傘をさしただけであらゆる所持物が守られたら苦労はしないのだ。
「マキの方こそ雨嫌いじゃないの?機械だし水に弱いでしょ」
「確かに水が入るのは避けなければいけないわね」
一見普通の女子高生な真季那だが、その実態は天才科学者が作り出したアンドロイドである。それも現代の技術水準から数十年ほどかけ離れた技術力の塊。さぞ繊細な精密機械が満載なのだろうと考える人美だったが、真季那は何ともないというようなすました顔で返した。
「でも大丈夫よ。私には超音波振動発生装置が付いてるから、超音波浮揚の効果で雨粒はすべて弾かれるのよ」
「ちょうおんぱ……??」
「分かってない顔ね」
比較的成績の良くない系女子高生の人美にはよく分からないが、とにかく真季那の高性能っぷりは想像を超えるものだったようだ。
「いいよねーマキ、いろんな機能のおかげで不自由なくて」
「不自由はあるわよ。定期的にメンテナンスしなければいけないのは面倒よ?」
それに、と言いながら、真季那は足を止めた。
「気になった食べ物が食べれないのは勿体ないと思うし」
真季那の視線の先には、小さなたい焼き屋があった。季節より随分と早いが、今年は去年よりも寒くなるのが早かったしちょうどいいのだろう。
「そっかぁー、確かに甘いもの食べれなくなるのは、私だったらキツイかも」
人美もつられて立ち止まるが、すぐに歩き出す。甘い物が好きな人美なら買うと思っていた真季那は、意外に思いながら歩く彼女の横に並んだ。
「買わなくていいの?開店セールで安いみたいだけれど」
「まあ、一人で食べるのもね。それより、雨止まないねー」
人美は何と無しに話題を変える。雨はまだまだ止んでやらないぞとばかりに勢いがおさまる気配がない。雨雲なんてさらに黒くなっていく始末だ。
「私の予想だと明日までは続きそうね」
「それも機械予測?」
「いいえ、これはただの勘」
その気になれば99.99%当たる天気予報も出来る真季那だが、むやみやたらに機械を振るえばいいと言うものでも無い。友人と不確実な明日の天気の話でもしながら帰る時間も、彼女にとっては大切なのだ。
「そう言えば明日って体育あったよね。雨だったら体育館じゃん」
「晴れなら持久走、雨ならバスケットボールね」
真季那のその言葉を聞いて、人美はあからさまにげんなりした。
「うえぇー、持久走は嫌だ……。雨続かないかなー」
「さっき雨は嫌いだって言ってたじゃない」
「延々と走り続けるよりかはいいよ」
何食わぬ顔で、人美は先ほどと真逆の事を言う。持久走の嫌具合は雨に勝るようだ。
「まあ、雨もたまにはいいかもね」
「本当にすぐ考えが変わるのね」
「えへへ」
雨の日は、自然と歩く速度がゆっくりになる。雨が地面を打つ音、傘に落ちる音が心地よく響く。そんな調子で、友達と話しながらゆっくり帰る日も悪くない。ふっと笑みを浮かべながら、人美は思ったのだった。
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