第74話 天使と悪魔の少年

 悪魔の少年が見ている先にいるのは、女子高生に手を引かれて歩いている小学生くらいの少女だった。別に彼が幼女趣味な訳ではないし、むしろ人間は好きじゃない。彼が注目しているのは、その少女から感じる『力』の気配である。


(僅かだが間違いねえ。あのガキが宿してるのは、俺が落とした悪魔の力だ……。よりにもよって人間が取り込んだのか……?)


 赤みがかった黒い髪をしているその少女から感じる力は、少年が落とした力のほんの一部でしかない。だが少しでも感じた以上、彼女が悪魔の力を持っているのは間違いないだろう。少年は彼女の元へと歩き出そうとした。が、すぐに立ち止まる。


「……ちょっと待て、他人に取り込まれた力ってどうやって取り戻すんだ?」


 悪魔の力は物質的な実体も無く、それでいて目で見えるわけでもない。それを取り込むという行為は、食事とはわけが違うのだ。たとえ食道から逆流しようとも、出て来るとは思えない。しかしかと言って、力の持ち主を倒せば手に入るなんてバトル漫画みたいな事になるとも考え難い。


「まあ、悪魔の力を無意識に取り込むなんざ出来ねえ。つまりあのガキは悪魔の力を知ってて取り込んだんだ。話せばなんか分かるかもな」


 とりあえずそう結論付けて、少年は歩き出したが、


「なっ」


 突然、脚の力が抜けた。

 体を支えようにも力が入らず、そのままうつ伏せに倒れ込んでしまった。


「ぐふぁっ……痛ってえ……」


 朝方に人間界へ降りてから、今までろくな休憩も無しに街中を歩き回っていたのだ。当然ごはんも食べていない。おまけにさっきまで死ぬ気で走っていたのだから、体が限界を迎えて当たり前だ。

 少年は道路に倒れながら、遠くへ歩いて行く少女たちを見送るしか出来なかった。


「クソ……あとちょっとだったのに……」


 少年のエネルギー残量はゼロだった。ろくに移動する力も残っていない。今夜は公園のベンチどころか道路のど真ん中で寝る事になりそうだ。幸い車が通れるほど広い道ではないが、ここを通る人々の十割が彼を不審者と思うことだろう。かつて悪魔だった少年が一夜にして人間界の不審人物にランクアップである。屈辱で泣きたくなってきた。


「……何してんだお前」

「あ……?」


 そんな少年へ、聞き覚えのある声がかけられた。ギチギチと音が聞こえてきそうなほどゆっくりと首を回した先にいたのは、困惑120%の眼差しでこちらを見下ろしている、天使の少年だ。


「テメエ、何しに来やがった……」

「いや、ちょうど通りかかっただけなんだが。お前こそどうしたんだ、今にも死にそうだぞ」

「うるせえ……大自然を感じてんだよ……」

「大自然って、どう見てもアスファルト舗装された道路なんだが」

「うるせえよ……」


 息絶え絶えな悪魔は意地でも強がっている。そんな少年を見て、天塚あまづかしょうはため息をついた。


「俺の住んでるアパートここから近いんだが、メシ食ってくか?悪魔なら空腹程度じゃ死なねえだろうけど、今は人間の体みたいだしな」

「天使の施しなんて受け……っておい、俺が悪魔だって気づいてんのか……!?」

「当たり前だろ。力は無くとも、悪魔なんて天使が一番見慣れてんだからよ」


 そう言いながら、翔は悪魔の少年を引きずって歩き出した。


「施しは……受けねえぞ……」

「強がりは元気になってから言えよ」


 翔は呆れながらそう返す。悪魔の少年の右腕を肩に回して体を支えながらも、翔はふらつく事なく歩いていた。


「施しは受けねえが……交換条件って事なら、考えてやってもいい」

「なんで上からなんだお前は。それで?条件ってなんだよ」

「……悪魔の力を、持ったガキを見つけた」


 彼の条件とやらが少し気になった翔が聞き返すと、悪魔の少年は弱弱しい語気でそう言った。


「もともと俺様が探してたモンなんだが、今は別の奴が宿している。ソイツをさっき見つけたんだ。天使だって、悪魔の力を意図的に蓄えた人間なんて見逃せねえだろ?」

「なるほどな、確かに興味深い情報ではある」


 だが、と区切りつつ翔は続ける。


「ソイツはきっと俺の知ってるヤツだ」

「何だと……?」

「その少女、赤みがかった黒い髪をしてたか?」

「ああ……ここら辺の人間にしては珍しいから、覚えてるぜ」

「じゃ、そいつは俺の知ってる奴で確定だ。ま、詳しい話は中でしようぜ」


 そうこう話しているうちにアパートに到着した翔は、少年を連れて自分の部屋へと真っ直ぐ歩いて行く。彼が暮らしている6世帯アパートは、人間界へ降りる際に住居として使う用に契約したものだ。このアパートは天使専用の物件で、人間界で暮らしている天使の一人が大家となって経営している所である。


「おいテメエ、まさか大勢の天使で俺様を囲んで拷問する気か……!」

「何考えてんだお前、そんな事しねえよ。それに今ここに住んでんのは大家さんと俺だけだから安心しろ」

「それかもしくは、空腹の俺様を柱に縛り付けて目の前で鍋パーティーでもする気か……この天使め!」

「話聞けよオイ。どんな程度の低い拷問考えてんだよ」


 ただ、天使の住処とだけあって、悪魔の少年には近寄りがたい場所だった。

 まあ空腹で動けない少年は、なすすべも無く部屋に連れられるのだが。

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