第73話 危険だらけの街

 人間界に落としてしまった自分の『力』を探す為、悪魔の少年はそこら中を歩き回っていた。さすがに草むらに落ちてる訳がないと気づいてからは、用水路、建物の間、河川敷など様々な場所を探した。しかしまったく見つかる気配は無い。


「こうなったらプライドを捨てて交番にでも行くか……?いや、悪魔を信じてない人間に話すだけ無駄か」


 少年はぶつぶつと独り言を漏らしながら街を歩いていた。現在時刻は午後3時。少年はそろそろ焦り始めていた。


 今日中に見つかるだろうと人間界に降りて来たので、今の彼は、家はおろか所持品もお金も何も無い状態だ。そして、彼の住む魔界から人間界に降りるのは力が無くても出来るのだが、人間界から魔界に帰るには力が無いと駄目なのだ。したがって、このまま見つからなければ公園のベンチが今日の寝床になってしまうという訳である。


「そんな屈辱的な仕打ちは御免だ!ぜってー見つける!だがどこ探せばいいんだあああああ!!」


 彼にとって、探し物とは想像を絶する難しさだった。人間は物をなくすたびにこの行為を行っていたというのか。彼の中で、下等な存在だと思っていた人間への認識が揺らいでいた。


 と、その時。


「おい、すげえ声聞こえたんだが大丈夫か?」


 偶然近くを歩いていたのか、とある少年が近づいて来た。見た限りだと悪魔の少年と同じくらいの歳だ。いや、今の悪魔は人間界でいう16歳前後の見た目をしているだけで、実際には300歳を超えているのだが。


「あー……いや、何でもねえよ。ちょっと落とし物が見つかんねえだけ―――ハッ!?」


 わざわざ声をかけてくれた少年に不自然なく返そうとしたのだが、とある事に気づいた悪魔の少年は途中で言葉を詰まらせてしまった。

 それだけではない。今彼はきっと、街中で怪獣と出くわした人間のような顔をしていただろう。あまりの衝撃に、心臓が止まるかと思った。悪魔の心臓は簡単には止まらないが。


「テ、テメエは……!!」


 悪魔の少年は1歩と言わず2歩3歩と後ずさりながら、何故驚かれているのか分からず首をかしげている少年を睨む。

 彼とはまったくの初対面だ。だが、彼からあふれ出る気配で気が付いた。とは幾度となく出会い、争い合っていると。


「何でテメエがここにいるんだよ……天使!!」


 目の前にいる少年の姿をしたソレは、天界にて神に仕える者。そして悪魔と対等にして対極の存在。『天使』だったのだ。


「まさか俺様を消しに来たってのか……!」


 今の彼は悪魔の力が無く、人間同然の戦闘能力しか持っていない。天使側からすれば、目障りな悪魔を一匹消すには絶好の機会だろう。

 だが、天使の少年は未だ理解出来てないようだった。


「お前、俺が天使だって事分かるのか。どこかで会ったっけか……?」

「……ん?」


(コイツ、もしかして俺様の正体に気づいていないのか……?)


 彼は間違いなく天使だ。であれば、目の前に悪魔がいると知れば破壊光線の一つや二つ撃ってきてもおかしくない。はずだ。

 しかし、今の彼に悪魔の力が無いからだろうか。目の前の天使からはただの人間にしか見えていないようだ。


(クソッ……!力が無いせいで天使に認識されねえってのは公園で野宿する以上に屈辱だが、これはチャンスでもある……)


 悪魔の少年は天使と向かい合ったままじりじりと距離を離していき、


(今は戦略的撤退だ!!)


 踵を返して猛ダッシュ。マントをはためかせながら曲がり角の向こうへと消えてしまった。


「……行っちまった」


 あっという間に立ち去っていった『悪魔』を見て、天使の少年、天塚あまづかしょうは頬をかいた。


「珍しく悪魔が降りて来たっぽいから話でもしようかと思ったんだが……急ぎの用事だったのか?」


 実は彼、悪魔の強さや力の危険性は何となく理解しているのだが、別に悪魔に対する敵愾心は無かったりする。真剣勝負なら喜んで受けて立つ翔だが、悪さをしていないうちから攻撃するのはフェアじゃないと考えているのだ。

 そんな天使としてはあまりよろしくない考え方のせいで天界のお偉い方々は頭を悩ませているのだが、彼は知る由も無い。





     *     *     *





「はあ……はあ……!ここまで走れば……大丈夫だろ……」


 全力疾走する事10分ほど。人間としての体は思った以上に疲れやすい。休憩なしで10分間全力で走り続けただけで、体中が痛みを訴えている。


「この俺様が天使を前に撤退なんて、仕方なかったとはいえ悔しすぎるぜ……力を見つけたらリベンジに行ってやるからな」


 少し休憩を取り、悪魔の少年は再び立ち上がった。本当は喉もカラカラで水が飲みたいのだが、一文無しな彼には自販機で飲み物を買う事もままならない。そこは我慢するしかないようだ。


「よし……力探し再開だ」


 天使と出会って、彼はハッキリ分かった。もうなりふり構ってなどいられない、と。

 この地上は思った以上に危険だ。もしかしたら第二第三の天使がいるかもしれない。今の彼にとっては想像もしたくない光景だが、万が一を想定するのは間違っていないはずだ。


「何にしても人手が欲しい。仕方ねえ、交番行くか」


 敵前逃亡したのだからもうプライドもクソもあるか、と若干ヤケになって協力者を求める事にした悪魔の少年。だが、困難は続けてやって来るものだ。


「おいおい冗談だろ……!!」


 街中を行き交う人々の中から、彼はそれを見てしまった。

 気付けば限界が近づいている体を強引に動かして、急いでその場を去っていた。


 少年が見ていたのは、一人の女子高生。厳密に言えば、その人物が首からかけていただった。


「何だよあれ!さっきの天使と同等か、下手したらそれ以上の『神の加護』を内包してやがる!!今の俺じゃ一発で消し炭だぞ!!」


 幸いその人物は悪魔の少年の事を認識していないようだったが、その凶悪すぎる十字架を目にしてしまえばそれは、悪魔が退散するには十分すぎる理由だ。


 彼の視線の先にいた件の少女、徒神とこう一愛いのりは、そんな事など知る由もないのだが。





     *     *     *





「この人間界、どんだけ神の手先が紛れてやがるんだよ……!まさか天界の奴ら、人間界に侵食を始めてやがんのか!?」


 走りながら、悪魔はそんな想像をする。実際にそんな壮大な事など何一つ起こっていないのだが、今の彼はほとんど疑心暗鬼に陥っていた。天使も悪魔も信じられていないこの地は安全だと、少しでも思っていた自分を殴り飛ばしたい気分になるほどに。


「俺様は今、もしかすると新たな神話の1ページを覗いちまってるんじゃ……」


 ネガティブな想像が神話規模に達して来たその時だった。

 彼が、それを見つけたのは。

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