第72話 悪魔の証明

『悪魔』とは、悪を象徴する超常的存在として様々な宗教に存在する。また、大量破壊兵器に関わる学者を『悪魔の科学者』と呼んだり、非道でずる賢い人間の事を『悪魔のような人』と表現したりと、宗教的な面以外にも広く聞き及ぶ名である。


 まあ要するに、そんなある意味で有名な『悪魔』という存在だが、実際にその姿を目にした事のある人はいないはずだ。『悪魔の証明』という言葉がある通り、いないとは言い切れない。しかし、いるかどうかも分からない存在。


 きっと今までもこれからも、人前に姿を現すことなんて無いのだろう。

 そう、『彼』だってそう思っていたのだが……。



「ちっくしょうどこだ、どこに落ちたんだ……?」


 休日になると子供達が元気に遊んでいる光景が微笑ましい、そんな公園の茂みの中。真っ黒なマントを羽織った高校生くらいの少年が茂みに顔から半身突っ込んで何かを探していた。


「見つからねえな……ってなんだこの虫は!?コラ!こっち来んな!!」


 奇妙な虫やら葉っぱやらをジタバタと振り払いながら大声を出す少年。蜘蛛の巣に頭から突っ込んだり枝に引っかかって頬を切るしで散々な様子だ。


「ああクソッ、何で俺様がこんな目にあわなきゃならねえんだー!」

「おにーちゃんそんなとこで何してんの?」

「草むらにつっこむ犬のまねー?」


 しまいには公園で遊んでいた子供達が集まって来る始末。四つん這いになって地面を見回していた彼の姿は、子供達の目には犬のように映ったらしい。屈辱の極みである。


「分かった!捨てられたはい車ごっこだ!」

「にーちゃんはい車だー!」

「うるせえちげえよ!!何だテメエらは!」


 探し物が見つからないうえに周囲がどんどん騒がしくなって機嫌が悪い少年は、茂みから出てついどなるように叫んだ。しかし子供たちはちっとも怖がりはせず、むしろ反応してくれた事で遊んでくれるのだと認識したのか、どんどん近づいて行く。


「にーちゃん服まっくろだー」

「わたし知ってる!せいぎの味方はマント着てるんだよ!」

「ちげーよ、まっくろい服はあくのひみつけっしゃのあかしって俺の兄ちゃん言ってたし!」


 子供たちは真っ黒なマントとジーンズという不思議な格好をした彼に興味津々だ。


「全員ハズレだ馬鹿!俺様は正義のヒーローでも秘密結社の構成員でもねえ!」

「えー、じゃあなにー?」

「聞いて驚け……俺様は、悪魔だ!」


 漆黒のマントをバサリとなびかせて、『悪魔』の少年はドヤ顔で告げた。所々に蜘蛛の糸や木の葉が付いてなかったらもう少し決まっていただろう。


「あくま?」

「そうだ悪魔だ。天使のヤロウと対等にして対極、悪の権化だ!」

「よくわかんなーい」

「ねー」

「分かれよ!説明してやってんだからよ!」


 小さい子供たちに対極だの権化だの難しい言葉は分かるはずもない。しかしそんな事にも気づかない悪魔の少年は、やや憤慨した様子でしゃがみ込んだ。


「おいテメエら、俺様の眼をよく見てみろ」

「わー、真っ赤だー」

「この炎よりも血よりも紅い眼が人間のものだと思うか?違うだろ?」


 少し語気を押さえて、語りかけるように言葉を並べる少年。確かに、人間のものとは思えない深紅の瞳だったが……


「おにーちゃん、目けがしたの?」

「血でてる!」

「だからちげえよ!こういう色なんだっつーの!!」


 相変わらず子供たちが信じる様子はない。むしろ小さな子供たちに心配されてしまった。


「でもさ、俺せんせーから聞いたよ。カミもホトケもテンシもアクマもこの世にはいないんだって」

「おれも聞いたー。やっぱにーちゃんあくまじゃねーじゃん!」

「しつけえなテメエら!だいたい子供ならもっと迷信とか信じやがれ!」


 子供の騒ぎ声に負けぬよう大声で叫び続けたので、だんだん疲れて来た悪魔の少年。もうコイツら無視して探し物続けるか、とその場を去る事にした。


「あれ、にーちゃん帰るの?」

「ばいばーい!あくまじゃないおにーちゃーん!」

「悪魔だっつってんだろうがぁ!!」


 無視すると決めた5秒後には思わず叫び返してした。今の彼にとって、悪魔じゃないと呼ばれるのはどうしても無視できない事なのだ。

 しかしそんな事情など知らない子供たちは、きゃーきゃー笑いながらさっさと砂場の方へと走り去っていった。


「ったく、最後まで可愛くねえガキどもだ。余計な時間使っちまった」


 少年はマントを翻して、公園の出口へと歩き出す。


「……天使も悪魔もこの世にはいない、か」


 歩きながら、一人の子供が言っていた言葉を反芻する。この世界では、天使や悪魔の存在を信じている者は多くないらしい。それもそうだ。彼はこの人間界に一度も降りていないのだから。


「クソッ……あんなガキどもに舐められたまま魔界に帰れるかよ。俺様が悪魔だって、ぜってー証明してやるからな!」


 悪魔だと認められなかった事を、実はかなり気にしているらしい。次会ったら絶対に負けねえ、と謎の対抗心を燃やして、拳を握りしめた。


「うっし、そのためにはまず、何が何でも俺様の『力』を見つけねえとな!」


 そう意気込んで、悪魔の少年は駆けだした。


 彼が人間界に降りて来た理由。それは、この世界に落としてしまった『悪魔の力』を回収する事なのだ。

 しかし、質量や形を持たない『悪魔の力』なんてものを見つけるために公園の茂みを探すような頭脳なのだから、彼が探し物を見つけられるのは一体いつになる事やら。

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