第69話 欠席騒動

 夏から秋へ。季節の変わり目になると、どうしても体調を崩しやすくなってしまうものである。


「な、なんだと……先生、今なんつった……」


 そしてそれによる被害が、朝のホームルーム中の2年1組を震撼させた。


「もう一度言うが、頂鬼いただきは風邪で休みだ」

「「「「な、何だってええええええ!!」」」」


 1組の男子の実に半分以上が、その事実に打ち震えた。


 頂鬼いただき無王むおう。この近所の不良界では知らぬ者がいない、この高校の番長の名だ。彼の指示一つで3ケタ単位の不良達が動くだの動物園を歩くだけで全ての動物が本能的に畏怖するだの真偽不明な噂が後を絶たない、本校で絶対に目を合わせたくない生徒アンケート (新聞部主催) ナンバーワンの男である。


 そんな彼が、風邪を引いて欠席したのだ。これで彼の子分達が騒がない訳がない。


「あの無王さんが風邪で休みだと……!?」

「さすがの無王さんでも内側からの攻撃には勝てねえって事なのか?」

「バッカちげえよ逆だよ。あえて風邪を引く事で強くなるって算段なんだよ、無王さんは」

「マジかよ!さすが無王さんだぜ!!」


 もっとも、頭が足りてるのか足りてないのか分からない子分達がこうやって勝手に斜め上の解釈をしてしまうので、騒ぎは別の方向へと向かっていくのだが。


「やっぱ無王さんはすげえや!」

「ウイルスにすら真っ向から喧嘩売るとか、マジパネェぜ!」

「一生ついて行くっす!!」

「静まれ馬鹿どもッ!!」


 本人不在で無王コールが巻き起こりそうになり、担任の男性教師は青筋をたてて怒鳴る。校内一不良が集まるこのクラスをまとめられるのは、元暴走族総長という過去があるが故に不良達が唯一逆らえない彼だけである。

 ようやく静かになった教室で、教師は続ける。


「それでだが、提出期限の近いプリントをあいつに届けて欲しいんだ。あいつの事だから期限までに出すとは限らない。なので早めに渡しておきたいんだ」

「先生!それなら俺達が!」

「みんなで無王さんのお見舞いに行くっす!」

「お前らは駄目だ」


 親分のお見舞いに行こうと子分連中が名乗り出るのを、教師はたった一言で切り捨てた。


「お前らは今日の放課後、最終下校時刻まで補習だ。忘れてないよな?」

「そ、そんなもん無王さんのお見舞いに比べりゃ―――」

「お前らはこれまで何度バックレたと思ってるんだ?4回だぞ4回。これ以上成績を下げられたくなければ、しっかりケジメつけてもらわないといけないんだがなぁ」


 元総長の眼光が不良達を鋭く射かける。目元に残った古傷が印象的なその顔を正面から見て、騒ぎかけていた不良達が面白いぐらい一斉に黙る。


「とまあそんな訳だから、ここは一つ頼んだぞ、刹華せっか

「……まあ、予感はしてましたよ。私に来るだろうって」


 げんなりしながらそう返す女子生徒は、地斬ちぎり刹華せっかという。提出物を頻繁に滞納する無王に対しプリントを出せノートを出せと催促しているうちに、周りからはいつの間にか無王のお目付け役みたいな認識になってしまっていた少女である。


「姉御なら安心だ!俺達の分まで頼みました!」

「姉御言うなっ!」


 不良に対しても物怖じせず言うべき事をキッパリ言う性格なため、無王を慕う子分達からは姉御なんて呼ばれている。そのせいで彼女は無王に並ぶ不良界のツートップみたいな扱いになっていたりする。彼女自身はこれっぽっちも望んでいないのだが。


「でも先生、私無王あいつの家どこにあるか知りませんよ」

「えっ」


 しかしそんな姉御でも、無王の自宅の場所は知らない。実際彼女はお目付け役でも何でもなく、ただ学級委員長として提出物を出すよう迫っているだけなのだから、当然と言えば当然なのだが。


 兎にも角にも、さっそくピンチである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る