寒暖の秋 編
第68話 シゴトの極意
体育祭も終わり、暑さが和らいできた頃。今日の2組の体育は今年最後の水泳だった。といっても、今日は特にやる事もないという事で50分間ずっと自由時間なのだが。なのでみんな思い思いのプール納めを過ごしていた。
「水泳の授業って、なんでやるんでしょうね」
プールの隅で仰向けにぷかぷかと浮かびながら、
「なんでってそりゃ、川ん中に落ちた時とかにおぼれないように、じゃねえの?」
「小学校の頃からそう言われてますけど、実際おかしくないですか?」
彩芽は自分の着ているスクール水着を引っ張りながら続ける。
「川に溺れた時にちょうど水着だけ来てました、って場面はそうそうないでしょう?意図的に川に入るなら話は別ですが」
「確かに……。普通は服着てるだろうからな」
その時のために、年に一度は着衣永の講習なんかもあったりするのだが、実用性で言えば水泳の授業はずっと着衣永をするのが良いのではないか。彩芽はそう言いたいらしい。
「でもまあ、学校の事情とかがあんだろ。オレには分からんが」
「まあまあ、楽しいし良いんじゃない?」
そう言いながらゆっくりと泳いできたのは、
「だってほら、夏って暑いじゃん。プールって涼めるから」
「オレは別に暑さとか耐えられるからどっちでもいいが」
「私も訓練してますので問題ないです」
「もー、つれない事いわないでよ」
元々体のつくりが違うエンデと殺し屋として気温の変化程度には動じない彩芽には、夏の灼熱も特に気にする程ではないみたいだ。
「むしろプールの後は髪が痛むのが面倒です」
「へえー、殺し屋さんも髪の毛とか気にするんだ」
「乙女ですので」
肩にかからない程度に切りそろえられた彩芽の黒髪は、今はプールの水面に扇のように広がっていた。黄泉が近づいて見てみると、確かに綺麗な髪をしていた。
「彩芽の仕事ってさ、殺し屋だよね。髪とか汚れないの?」
「汚れですか……?」
「ほら、返り血とか、火薬の臭いとかさ」
黄泉も殺し屋なんてフィクションでしか見た事がないが、いろんな意味であまり綺麗な仕事とは言えないものだとは分かっている。
そんな問いに対して、彩芽は何気なく答える。
「そりゃあ汚れますですよ。返り血浴びると髪が鉄分臭くなりますし」
「この前なんかアヤメのやつ、お化け屋敷のゾンビも裸足で逃げ出すほどのスプラッター状態で帰ってきたもんなぁ。アレはさすがのオレでもビビったぜ」
「洗えば落ちるのでどっちでもいいじゃないですか」
「全然髪の毛気にしてないじゃん!乙女じゃないじゃん!」
日常的とは言い難い事をさも日常風景かのように語るエンデと彩芽に、勢い良く突っ込む黄泉。2人は同居しているらしいが、死神と殺し屋の住む家など、そこだけ聞けばお化け屋敷なんか屁でもないくらい恐ろしい場所である。
「殺し屋と言えばよアヤメ」
「何です?」
「今水着しか着てねえけど、敵組織の刺客なんかが襲ってきたらどーすんだ?」
「確かに、武器とか何も持ってないね」
エンデと黄泉はずっと浮かんでいる彩芽の全身を見るが、どこにも暗器を隠しているようには見えない。どこからどう見ても普通に水泳の授業を受けている女子高生だ。
「何を言ってるんです、2人とも」
対して、彩芽はキョトンとしたように返事をする。まさか馬鹿には見えない武器でも持っているのだろうか。そんなどこかで聞いた事のある話を思い浮かべた黄泉だったが、答えは現実的だった。
「武器が見当たらないイコール無力なんて考えてる刺客がいたとしたら、その人は明日には死んでますですよ。そんなぬるい考えでは、この業界は生き残れませんです」
「おお、手厳しいな……」
「人間なんて、たとえ四肢を切り落としても安全とは言えませんです。口が動けば相手の動脈をかみちぎる事だって」
「グロイからストーップ!!」
思わず想像しそうになっていた黄泉は慌てて止めた。霊能力者である彼女にとって大抵のホラーはへっちゃらなのだが、グロテスクなやつは普通に無理だった。
予想以上に現実的な答えだった。殺し屋おそるべし。
「まあ結論を言うとですね、武器なんかなくても一人や二人、簡単にやれるって事です」
「やっぱ恐ろしい職業だな、殺し屋……」
「死神がそれ言う?」
赤い瞳をわなわなと震わせるエンデに、ジト目でつっこむ黄泉。恐ろしさで言えば、魂を刈り取る死神だってどっこいどっこいである。
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