第67話 一つの幕引き
保健室のベッドで寝かせる事10分ほど。
ジェットコースターの身長制限に引っかかりそうなほど小さな少女へと姿を変えた『悪しき魂』は、目を覚ました。
「あ、起きたよ」
ずっと隣で見守っていた
悪しき魂はここがどこだか分からずに、不安そうにキョロキョロと辺りを見回している。その度に肩まで伸びた赤みがかった黒髪がゆさゆさと揺れる。
「大丈夫だぜ、ここは保健室だ」
「……っ」
エンデはそう声をかけたのだが、悪しき魂の少女はビクッと肩を振るわせたと思ったら、ベッドからぴょこんと飛び降りて黄泉の背中に隠れた。
「あれ、オレ嫌われてる……?」
「盛大にぶった斬ったからでしょう……」
隣では
「それか、魂を刈り取る死神のオーラを感じ取ったのかもな」
そう付け足す翔にも、悪しき魂は怖い物を見るような目を向けていた。天使という存在も悪しき物は消す立場にあるのだから、同じような理由で好かれてはいなさそうだ。
「怖がらなくても心配ないよ、みんな良い人だから」
黄泉はそう言って悪しき魂の頭を撫でると、彼女は黄泉にぎゅっと抱き着いた。
「か、かわいい……」
普段から幽霊と談笑している割に可愛いものが大好きな黄泉は、頬を緩ませながら小さな少女の頭を何度も撫でている。悪しき魂の方も、始めから助けるつもりで動いた黄泉は安全だと判断したのだろう。向けられる視線も、エンデや翔へ向けられたそれとは違う。
「それで、その子はどうするのかしら」
そんな中、ふと
「どうするって?」
「私にはよく分からないのだけれど、その子は危険なのでしょう?私やエンデの攻撃も効かないほどの存在なのだし」
「ああ、悪しき魂は危険だぜ。チカラを溜めすぎた悪しき魂に滅ぼされたセカイもあるほどだ」
死神として数多の世界を見て来たというエンデは深刻な顔でそう告げる。そんな重い空気を感じ取ったのか震える悪しき魂を、黄泉はあやすように背中をさする。
「でも、この子はもう危険じゃないよ」
「オレたちを油断させる策かもしれねえぜ?悪しき魂は知性だって持つからな」
「そんな事ないもん。絶対大丈夫だもん」
黄泉は悪しき魂を膝にのせて椅子に座る。両腕で包むように彼女を支えながら、皆の顔をみて続ける。
「もしこの子を疑うっていうなら、私が面倒見るよ。それでいいでしょ?」
「いいでしょって言われてもな……」
エンデは困ったように頬をかく。すると、奥で
「私も黄泉さんの意見には賛成ですよ。神様の浄化を受けたその子は、もう害はないはずです」
きっぱりとそう言い切った一愛の首に下げられた金の十字架は、部屋の灯りを反射して輝いていた。悪しき魂はキラキラ光るそれに釘付けになって、ゆらゆら揺れる十字架を目で追っている。こう見ると年相応の少女にしか見えなかった。
「でもなあ……さっきも言ったが、ソイツは『悪魔』って呼べる程度には力を蓄えてるんだぜ?あんまり深く関わるのはよしといた方が―――」
天使として忠告した翔だったが、黄泉にじろりとジト目を向けられた。
「次この子を悪魔呼ばわりしたらボクシング世界チャンプの霊を憑依させてぶん殴るわよ」
「お、おう……すまん」
かつてない剣幕で拳を握る黄泉に、さすがの翔も素直に謝った。
「でもまあ、悪魔とか悪しき魂とか以前に、こんな小さな少女を悪く扱うのは良心が痛むというものですよ」
「小さな少女、ってアヤメが言うか?オマエも十分小さ」
「どこを殴って欲しいです?」
エンデはちょっとからかっただけなのだが、彩芽は真顔で冷たく即答する。先ほどとは別の理由で、天界の者に拳を振るおうとする人間がここにもいた。
「それじゃあ、そいつは黄泉が預かるって事でいいのか?」
最後に空が確認するように尋ねると、黄泉はうなずいた。
「幽霊たちの力も借りて、私が責任持って育てるよ。これからよろしくね、そうちゃん」
「そうちゃん??」
いきなり出て来た知らない名前に、困惑する人美たち。黄泉が悪しき魂の方を見てそう言ったから、彼女の名前なのだろうか。
尋ねると、黄泉は自身あり気に答えた。
「そだよ、この子の名前。悪しき部分は無くなったけど、魂の塊である事には変わりなさそうだしさ」
「もしかしてその『そうちゃん』というのは、
「さすが真季那、ご名答だよ」
やや安直なネーミングに苦笑を浮かべる他ない真季那だった。彼女のネーミングセンスは人美とよく似ている、と思ったが主に『安直である』という褒め言葉ではない部分で似ているだけなので、口には出さなかった。
「それでいいかな?」
黄泉は確認するように悪しき魂に問うと、彼女は小さな頭をこくこくと縦に振った。
まあ、悪しき魂改めそうちゃん本人は黄泉のつけた名前が気に入っているらしいので、これ以上は何も言わなくていいだろう。
「みんなー!体育祭の片付けあるって言ってたよ。早くいかなきゃ」
超能力で体育館を直していた
予想外のごたごたがあって忘れかけてたが、今日は体育祭をしていたのだ。生徒たちには最後の仕事が残っていた。
「あ、オレ報告書かかなきゃならんから先帰るわ。いやー死神も大変だぜ」
「逃がしませんですよ」
面倒ごとから逃げようとする死神少女をがっちりとホールドする彩芽。別の所では特に理由も無いけど面倒だからサボり隊の人美と空が才輝乃と真季那に引っ張られたり、一愛と黄泉によってソウルのそうちゃんを愛でる会が発足していたりと、保健室はわちゃわちゃとフリーダムな空間になっていた。
高校最初の体育祭は、最後まで思い出に残る、別の意味でもにぎやかなものとなったのだった。
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