第66話 罪なき悪には神の救いを

「なーんか、楽しそうな事してるな。我も混ざりたい」

「1年生の競技なんだから駄目だよ」


 2年2組の摩音まお唯羽ゆうは、クラスのテントで化け物退治の様子を見ていた。そこからでは人美たちの会話は聞こえないので、まさか世界滅亡規模の話まで膨らんでいるとは想像もしていないのだった。





     *     *     *





 悪しき魂が悲しんでいると言った黄泉よみは、皆よりも一歩前に、異形達に近づいた。


「私には霊の声が聞こえるの。あの魂だって、霊みたいなもの。聞こえるのよ、あの子の声が」

「苦しんでるって言ったって、アイツに意思なんてあるのか?」


 翔は上空を見上げる。エンデの手によって瓦礫の山と化した体育館から飛び立った悪しき魂は、表情も何もない顔でこちらを見下ろしている。そこに人間のような感情があるとは思えなかった。


「でも本当なの!あの子が助けを求めている声が、聞こえるの……!」

「分かりました」


 黄泉よみが必死に呼びかけた時、一人の少女が前に出た。

 いつも肌身離さず金の十字架を首に下げている、徒神とこう一愛いのりだ。


「苦しんでいる方がいるなら、放ってはおけません。私がなんとかします」


 胸の前で十字架を包み込むように握りしめた一愛を見て、慌てて翔は止めに入った。


「オイやめとけ。あいつの悪しき力は増幅しすぎている。もはやあいつは俺たち天使と同等にして真逆の存在、『悪魔』の域に達してんだ。うかつに近づけば……」

「大丈夫ですよ。私には神様のご加護がありますから」


 こんな状況にも関わらず、一愛は微笑んでいた。慈悲深き聖母のような笑みで。


『おーっと、1組の徒神一愛選手が前にでた!何が始まるのでしょうか!』

「今切迫してんだからちょっと黙ってくれ」

『あ、ハイ』


 この場面でも実況しようとする放送委員長を黙らせたエンデは、一愛に歩み寄る。


「オマエにも何か策があんだろうが、無理はすんなよ。アイツはヒトが関わるべきじゃねえ、常軌を逸した存在だからな」

「ありがとうございます。無理なんてしないつもりですし、策というほど大層なものは何もありませんよ?」


 そこにゴミが落ちてるから拾おうとしている。そこに泣いている子供がいるから話しかけようとしている。そこで助けを求める声が聞こえるから手を差し伸べる。そんな当たり前の事をするような顔で、一愛は微笑んだ。

 そして片膝を地面につけて首に下げた金色の十字架を両手で握りしめ、目を閉じた。


「罪なる悪には贖罪の期を。罪なき悪には神の救いを。神は全てをお赦しになられる。さまよう魂に浄化の光を。苦しむ魂に癒しの光を。善悪あらゆる魂は、神の御光にて救われる」


 まるで神殿で祈りをささげるシスターのような、見ているだけで引き込まれそうな祈り。というか、これが本職なのではないだろうかと疑うレベルで、本格的な祈りだった。


「イノリん、修道服とかに似合いそう」

「むしろ普段から着てそうだな」


 人美と空がそんな場違いな感想をこぼしている間にも、神の加護が詰まっているという十字架は金色の耀きを放ち、その光は一愛を包み込んでいた。


「これほどまでの加護を得られる人間なんて、後にも先にもコイツくらいだろうな」


 クラスマッチで一度彼女と相対した事のある翔は、天使の彼から見ても非常に珍しい光景を見て感心したように呟く。


 一愛が祈りをささげ始めてから、悪しき魂の動きが止まった。羽が生えた狼型の4体は水に溶ける塩のように空気中に霧散し、巨大な翼を生やした人型の1体は、まるで痙攣するようにギチギチとぎこちない動きをしていた。


「すげえ……効いてんのか……」

「本当に、不思議な事ばかりね」


 渾身の一撃が効かなかったエンデと、同じく集中砲火でもビクともされなかった真季那まきなは、静かに神の奇跡を目の当たりにしていた。


 そして人型の悪しき魂が纏っていた黒いもやが払われた時、一愛から溢れる光も収まった。


「無事に終わりましたよ」


 優しくそう告げてゆっくりと目を開け、立ち上がった一愛。だがよほど集中していたのか体がふらついており、慌てて人美が支えた。


「ちょ、イノリん大丈夫!?」

「少し疲れましたが、もう大丈夫ですよ。人美さんに支えていただいてるだけで体力の十二割は回復しました」

「限界突破してる……ホントに大丈夫?頬っぺた赤いけど」


 人美に触れられているだけで割と冗談抜きで疲れが癒えていく、らしい。人美に疲れをいやす能力なんてものは存在しないため、それは一愛に限った話だが。想い人に抱かれるように支えられているのだから、頬が赤いのも乙女の仕様である。


「そうだ、あの魂は……!」


 エンデ達は注意深く辺りを見渡す。そしてすぐに、崩れた体育館前で倒れている人影を見つけた。


「あれ、なのか……?」


 先ほどよりも人間らしい姿に戸惑うエンデだったが、悪しき魂の声を聞いていたという黄泉はすでに走り出していた。慌てて皆も向かう。



「……大丈夫、意識はあるみたい」


 黄泉がためらいもせず抱きかかえたその人影は、小学生くらいの幼い少女の見た目をしていた。先ほどまでとは違ってちゃんと顔のパーツもあり、今はまぶたが閉じていた。


「悪しき魂が人の姿に……?こりゃ報告書が増えそうだなぁ……ぶっちゃけめんどい」


 参ったように頭をかくエンデ。死神少女は増えた仕事にげんなりとしたムードを纏っていた。そんな普段の調子のエンデを見て、他の皆も無事に終わったのだと感じ始めた。


「とりあえず、保健室に運びましょうか」

「うん。そうしよう」


 真季那の言葉に頷く黄泉。彼女は眠っている悪しき魂をおぶって、保健室へと向かった。





『ちょっとー、あのー?競技はどうなったんです?一愛選手のチカラで退治されたみたいですし、1組の勝ちでいいんですかね?』

「あ、そういえば競技中だったね……」


 派手にぶっ壊れた体育館を超能力で綺麗に直しながら、才輝乃さきのは完全に忘れてたといった表情で苦笑を浮かべた。

 結局『退治』はされていないのだし、引き分けでどうだろうか。そんな話でまとめる事になった。

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