第65話 世界の命運がかかっているらしい

「そもそも、あれどうやって退治すればいいの!?」


 屋根に乗っている体育館くらい大きな化け物を見上げ、人美ひとみはそう叫んだ。どう考えても人間にはどうしようも無い。


「私が何とかするわ」


 そう言って、真季那まきなが一歩前に出る。

 直後、真季那の背中や肩から、体操服を破いて何かが飛び出て来た。


 それは巨大な鉄の塊だった。他にも大小さまざまな銃器が次々と飛び出て来た。それらの巨大なパーツは互いに組み合わさったり変形したりしながら真季那の全身に集まっていき、10秒ほど後には人型の原型と留めていない立派な固定砲台が完成していた。


 戦艦に搭載されてるような砲台に機関銃やら散弾銃やらをやたらめったらくっつけまくったような、いびつな砲台。中心には5メートルほどの砲身が伸びている。


 科学技術の結晶であるはずの真季那の、質量保存の法則をゴミ箱に捨てたような大型変形を前に、生徒たちは絶句した。


「……マキ、何その恰好」

『戦闘フォームよ。集中配備型多重エネルギー砲台 《グリムキャノン》』

「無駄にカッコイイ名前!」


 銃器を乗せた鉄の塊から帰って来た声に驚かされる人美。声は返ってくるし、中に真季那が入ってるのだろうか。


「マキは何かとんでもない事をしそうな気がする」

「あのメカニカルな重兵器がもうすでにとんでもない気がするけど」


 才輝乃さきのが隣でそう苦笑した。

 教室に出たゴキブリを退治する時だって、勢い余って教室の一画を消し飛ばした事もある。彼女は少々加減が下手だったりするのだ。


「まあでも、戦艦も秒で鉄屑に出来そうなこの兵器なら、あんな化け物くらい―――」


 直後、人美の声にかぶさるように、轟音が鳴り響いた。


 銃声の連続音。

 10を超える銃口から放たれる弾丸やレーザー砲が空を切り、体育館の上でこちらを見ていた化け物の顔面に無数の穴を開けた。


 一斉掃射は30秒ほど続き、やがて止まった。砲台上部の、戦車のハッチのような部分から顔を出した真季那は、顔面が吹き飛ばされた化け物を見て笑みを浮かべた。


「優勝は1組のものね」

「やっぱすごいね、マキ」

「すごいの一言で片づけていいのかこれは」


 拍手で称賛する人美の横で、そらは呆れかえったようにこぼす。


「あ、見てみんな!まだ終わってない!」


 そんな中才輝乃は、体育館の上を指さしてそう叫んだ。

 そこには、吹き飛んだはずの顔面が再び治っている化け物の姿が。


「ちょ、再生とか反則じゃない!?」

「アイツに通常の兵器は通じねえよ」


 生徒達をかきわけて後ろからやって来たのは、2組の死神少女エンデ。漆黒の大鎌を携えて、臨戦態勢だった。


「悪しき魂は、名前通り魂の塊。死神のチカラか神の浄化ぐらいしか、通用する手段はねえぜ」

「ほえー。じゃあ2組の勝ちじゃん」


 1組には死神はいないし、浄化とかいう事のできる神もいない。対して2組には魂を刈り取る事が本業の死神と、神の使いである天使の少年もいるのだ。


「ま、そういう事だな。優勝はいただくぜ!」


 身の丈以上ある大鎌を軽々ふりまわし、エンデは体育館に向かって走った。

 地を蹴り、体育館の上まで軽々と跳躍する。


「食らいやがれ!!」


 大鎌を振り上げたまま空中で縦回転をしながら、一気に振り下ろす。死神の斬撃は悪しき魂を両断し、余った勢いで体育館も真っ二つにした。まるで豆腐に包丁を入れたように、バッサリと。


「あ、やべ」


 思わず立ち止まってそうこぼすエンデ。しかしそれは建物を一つぶった切った事への感想ではない。

 今しがた両断したはずの化け物が、2つに分裂したからだ。


「くそ、分裂するタイプかよ!」


 エンデは一度グラウンドへ跳び、距離を取った。


「エンデさん何やってるんですか。敵増えましたよ」

「チッ、しくじったな……」


 後ろから彩芽あやめにそう言われ、エンデは悔しそうに顔をしかめる。

 一度分裂した悪しき魂は、分裂の仕方を学習して自らさらに分裂するようになってしまうのだ。そうなっては数が増える一方だ。


「ショウ、お前天使なんだったら浄化できねえのか?」

「わりいな、ちょうど今そこ勉強中なんだわ」

「マジかよ」


 申し訳なさそうにそう告げるしょう。天使は神の使いであると同時に、神になるための修行期間でもある。なので翔はまだ神に出来る事は出来ないのだった。


「ねえねえ!あれどんどん増えてない!?」


 人美の叫ぶ声を聞いて、エンデたちは上空を見上げる。そこには、先ほどまでとは姿かたちまで変わっていた化け物の姿が。狼と鷲を合体させたような異形が4体。そして人間に翼が生えて全身真っ黒なもやがかかったようなモノが1体。いつの間にか全部で5体にまで分裂していた。


「あれ、どう見てもボスだよね。エンちゃん倒せるの?」


 人間で言うと小学生ぐらいの背丈をした、少年か少女かも分からないような姿。その顔には目や口といったパーツは何も無く、全身真っ黒なもやがかかっている。背中から生えている禍々しい翼は一メートルはありそうだった。


「あんなのオレでも見た事ねえぞ……。5年分の悪しき魂を全て詰め込んだってああはならねえぜ」

「見た感じそんなに迫力ないけど。さっきのタコ牛の方が強そうだったよ?」


 超能力者だけど参戦は怖いから見てるだけの才輝乃はそう首をかしげるが、エンデはふるふると首を横に振った。


「中身がやばいんだよ、アレは。たぶんヤツが本気を出せばこの世界は終わる」

「……世界終わっちゃうの?」

「終わる」


 世界の危機とは。なにやら相当危ない事態のようだ。

 今この世界で生きている人々は、まさか体育祭の競技中に世界の危機が迫っているとは思ってもいないだろう。


「何にせよ、これ以上の分裂はマズいよな。こうなったら消えるまでぶん殴って―――」

「待って!」


 背中に天使の翼を生やして攻撃しようとしていた翔を止めたのは、2組の霊能力者、三瀬川みつせがわ黄泉よみだった。


「どうした黄泉。霊能力じゃアイツには勝てねえだろ」

「……あの子、苦しんでる」

「は?」


 黄泉はポツリと呟いた。

 悪しき魂が、苦しんでいると。

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