第63話 異世界の催し物

 三年生の障害物競争が行われている頃。観客用テントの下でそれを眺めている一組の男女がいた。


 一人は中肉中背の若い青年、ザウマス。もう一人は15歳の小さな少女、イディー。

 2人はこことは別の世界で勇者と共に旅をしていた仲間であり、勇者を追ってこの世界にやって来て、今はここで暮らしている。そして今日は、幸いにもザウマスのアルバイトが休みだったので、その勇者が通っている体育祭の観戦に来ているのだった。


「勇者様の出番は次ですか……。勇者様なら丸見えの罠をかいくぐる事など容易いでしょうが、何故だか私まで緊張してきます」


 正門で配られていたプログラム表に目を通しながらそう呟くザウマス。やや時間にルーズな元旅人剣士の異世界人は、きっちりと管理されている体育祭スケジュールに感心していたりする。


「この暑い中で罠を突破する訓練なんて、この世界のひとは何に備えてるの?」


 対するイディーは、勇者の出る競技を待っている間にすっかり暑さにやられてぐったりしていた。傍にはかき氷のカップが3つ重なっている。


「だいたいの人がすごく本気の顔。戦争の準備とか?」

「別段何かに備えておこなっているものでは無いと思いますよ。でも確かに、言われてみれば……」


 ザウマスは生徒の控えているテントの方を見ながら、どこか懐かしそうに言う。


「何度も練習を重ねたような統率のとれた動きや、参加者たちの熱く固い決意のこもった姿勢。向こうの世界での、魔王討伐軍選抜試験を思い出します」


 ここの運動会はさすがに世界の命運をかけた軍隊の選抜試験と比べられるほど本気ではないだろうが、それでも皆が真剣になって体を動かして競い合っている光景は、ザウマスにどこか懐かしいものを感じさせた。


「でも、ここの人は楽しそう。あっちの世界みたいにピリピリしてない」

「そうですね。この世界にも昔はいろいろあったみたいですが、今は平和ですね」


 勇者のお供として何度も魔物と戦い、何度も死にかけ、そして何度も死の淵から這い上がって来た2人は、全く別の世界の平和な空気を感じていた。


「勇者様が生まれ変わった世界が平和な所で良かったですよ」

「元魔王もいるけどね」

「今は悪さをしていないみたいですし、アレは見逃してやりましょう」


 かつて敵対していた相手が来世でも勇者の近くにいる事にあまりいい思いはしないが、勇者本人が大丈夫だと言っているのでザウマスも大人しくしている。それにそもそも、万が一事を構えることになっても勇者抜きではあの魔王に勝てない。今はただの女子高生のような見た目をしているが、一度世界を支配しようとしたあの力は健在なのだ。


「まあ、あの様子だとしばらくは大丈夫そうですが」


 ザウマスの視線の先にあるのは、客用テントに入って真っ先に場所を把握した2年2組のテント。そこでは我らが勇者様と数人の男女が歓談しているのが見える。そしてその中に、元魔王の少女の姿もあった。


 元勇者には勇弥いさみ唯羽ゆう、元魔王には星海せかい摩音まおという日本人としての名前があるのだが、クラスの皆は2人が異世界で過ごした前世の記憶を持っていると知っているらしい。それでも普通の高校生として周囲になじんでいる勇者の姿を見て、ザウマスは感慨深い思いでうなずいていた。


 幼い頃から勇者の素質を認められてからというものの、勇者は誰よりも剣を振り続けていた。僅か14歳の頃から聖剣に認められし勇者として、数多の戦いに身を投じる日々を過ごしていた。そんな彼が普通の日常を過ごしている事に、ザウマスは感動していた。


「勇者様が年相応の若者として自由に過ごせる世界で、本当に良かったです……」

「ザウマス、父親みたい」

「私はまだそんな歳ではありません」


 ザウマスだって20歳、まだまだ若者である。今はこの世界で生きていくためにアルバイトに身を投じる日々を過ごしているが、人生はまだまだこれからだ。きっと良い事があるはずだ。

 そんな、体育祭に応援に来た人とは思えない気持ちを胸に抱くザウマスだった。


「ところでもうすぐ勇者の出番みたいだし、かき氷買っていい?」

「4つ目はさすがに許可できません。かき氷だって決して安くはありませんし、何よりお腹を壊しますよ」

「……ほんとに父親みたい」

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