第62話 未知と未知の出会い

 綱が引きちぎれた事により、綱引きは中止になってしまった。そして次の種目が繰り上がる事になり、3年生から順番に障害物競争を行う事となった。その戦いは今まさに繰り広げられているのだが……。


「アレに人美ひとみは出てないのか。じゃあ見なくていいな」


 そんなものには興味がない、という風に言い捨てて歩き出す少女がいた。


 『暗黒物質ダークマター』。

 真季那まきなの手によって宇宙から連れて来られ、今は地球で暮らしている存在である。彼女は人美がこの体育祭に出ると聞いて見に来ていた。


 本来ならば地面に引きずってしまうほど長い、『暗黒色』とでも言うべき果てしない漆黒の髪は、今はポニーテールになっていた。後頭部に拳以上の大きさのお団子を作っておきながらも膝下まで伸びている、凄まじい長さだった。


「というか、さすがにジッと見てるのも飽きて来た……。人美のテントでも行くか」


 外から来た観客は生徒のテントへは入れないのだが、『暗黒物質ダークマター』にそんなルールは通用しない。というか知らない。行きたければ行くのだ。


「ちょっとあなた、そこからは入っちゃダメよ」


 しかし、1年1組のテントに近づこうとしたその時、後ろから彼女を止める声がした。

 振り向くとそこには、鮮やかな桃色の髪と同色の瞳をした、ツインテールの少女が立っていた。


「あ?誰おまえ」

「私は魔法少女343番、マジカルオルクスよ。ちなみに今はただの観客」

「物騒な名前だな……」


 そう残して、スタスタと『暗黒物質ダークマター』は歩き去ってしまう。


「って、待ちなさいよ!そこ入っちゃダメって言ったでしょ」

「えー?なんでだよ」

「ダメなものはダメなの。私だって断られたんだから」


 マジカルオルクスと名乗った全身桃色のおかしな少女は『暗黒物質ダークマター』の手を引いてテントから離れていく。


「あなた小学生?もしかして迷子とか」

「あ?喧嘩か?喧嘩すんのか?」


 確かに小学生くらいのサイズの『暗黒物質ダークマター』だが、迷子扱いされるのはちょっとムカッと来るのだ。彼女は手のひらから生み出した『暗黒素子ダークエネルギー』を剣状に束ねて、マジカルオルクスに斬りかかった。


「わっ!ちょっと、危ないじゃない!」


 マジカルオルクスは間一髪でそれを避け、魔法によって出現させた桃色の大鎌を両手で構える。


「なんだその鎌は。お前魔法少女じゃなかったのか?」

「これは武器じゃない。魔法のステッキよ」

「頭がおかしいのか?」


 ギラギラと夏の日差しを反射する大鎌の刃をちらつかせながら、マジカルオルクスは『暗黒物質ダークマター』との間合いをはかる。

 それに対して、太陽光をも吸収してしまうほどに禍々しい暗黒色の刃を向けながら、剣状の『暗黒素子ダークエネルギー』を持った『暗黒物質ダークマター』も距離を取る。


「せっかくだ。暇つぶしの相手になってもらうぜ!!」


 『暗黒物質ダークマター』は暗黒の剣を水平に構えながら、マジカルオルクスに迫ろうと一歩踏み出した。

 しかし、不意にその動きは止まった。


「……あれ、来ないの?」


 桃色の大鎌を構えたまま警戒するマジカルオルクスだが、『暗黒物質ダークマター』は彼女の事なんて見ていなかった。あさっての方向を見て、固まっているのだ。


「……?」


 首を傾げながら、マジカルオルクスは『暗黒物質ダークマター』の視線を追う。そこには、かき氷や飲み物なんかを売っているテントが並んでいた。


「もしかして、食べたいの?」

「べ、べつに食べたいなんていってねえし。まあそれより、今回は特別に許してやる。奇跡に感謝するんだな!」


 捨て台詞のようにそう残し、『暗黒物質ダークマター』はかき氷のテントへとたったか走り去ってしまった。


「何だったのかしら、あの子」


 呆然とそれを眺めていたマジカルオルクス。視線の先では、長いポニーテールの少女が列に並んでいるのが見えた。さっきまであんなに凶暴だったわりには、割り込まずにちゃんと並んでいる。


「世の中にはいろんな人がいるのね。まあ私が言えたものじゃないけど」


 大鎌型魔法のステッキを消し、マジカルオルクスも別の場所へと歩き出した。

 魔法少女と暗黒物質の邂逅という不穏の一言に尽きる出来事は、かき氷という救世主のおかげで平和に終わったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る