第61話 力勝負

 クラス全員参加の競技、綱引きの時間がやって来た。それぞれの学年は3クラスあるので、1組対2組、2組対3組、3組対1組と試合を行い、勝ち数が一番多かったクラスが一位である。


「さっきから2組に負けっぱなしだし、ここらで巻き返すよ!!」


 そう強く意気込むのは、リレーで消耗した体力がすっかり回復した様子の人美ひとみ。その横では、今まで一度も競技に出ていない真季那まきなも立っている。


 彼女は人間をはるかに超えた力を出してしまうロボットなので、他の競技には自ら参加しないようにしていたのだ。だが、死神と天使のいる2組相手なら全力でも大丈夫だろう、という先生方の提案から、綱引きは参加する事となったのだ。


「こうなったらむしろ綱の方が千切れないか心配だな……」


 玉入れで2組に惨敗したそらも、既に気持ちを切り替えている。というか元々あまり関心が無かったので、あの件はあっさり忘れる事にした。


「綱が千切れたらどうなるんだ?」

「それは心配ないわ。あの綱は博士に頼んで作ってもらった特別製。あの中には柔軟性のある特殊合金の管が入ってるから大丈夫よ」

「それもう綱じゃなくない……?」


 真季那の真剣な返答に困惑する空。そんな凄いテクノロジーは体育祭なんかに使うべきではない気がするのだが、開発者が必要だと判断すれば必要なのだろう。科学とはそういうものである。


 斯くして、人知を超えた科学ロボットのいる1組 VS 天使と死神のいる2組の綱引きは始まろうとしていた。



「双方、綱を持ってください」


 審判の合図で、2クラス全員が綱に手をかけた。


「それでは、始め!」


 ホイッスルが鳴ると同時に、左右から一気に力が加わった。地に垂れていた綱の真ん中は、左右からの凄まじい張力によって真っ直ぐに伸び切った。そして勝敗を決める中心の目印は、先程から微動だにしていない。


「すごい……!私たち負けてないよ!」

「というか本当に綱切れてないね」


 人美と才輝乃さきのはそれぞれの感想を口にするが、それなりに力は加えてるつもりだ。2組に勝つにはほとんど真季那に頼るしか無いが、それでも無いよりはマシだろうとみんな力一杯綱を引っ張っている。



 一方の2組はと言うと、


「さすが真季那だな……!手を抜いてるつもりはねえのにちっとも動かないぜ!」


 異能の力を禁止され、人間体での全力を尽くしている天使の天塚あまづかしょう。1組の強敵は真季那だけのはずだが、やはり予想以上に手ごわいようだ。


「クラスマッチで俺と互角に渡り合えただけあるな!俺も負けてらんねえ!!」

「喋る余力で引っ張れショウ!持ってかれるぞ!」


 後ろからそう叫ぶのは、死神のエンデだ。彼女も死神として元々の腕力が凄まじいのだが、真季那が思った以上に力持ちで驚いていた。


「『異能の力』判定にならないギリギリでの全力とはいえ、オレは死神だぞ……?神と拮抗するとかアイツもはや機械の域超えてねえか?」

「神の域に達した機械ロボット。真季那さんは言うなれば、機械仕掛けの神と言った感じですね。まあ実際の意味は少し違うみたいですが」


 エンデのさらに後ろで、殺し屋の彩芽あやめはそう言った。殺し屋稼業によって運動神経もろもろは常人をはるかに超える彼女だが、単純な腕力は人並みよりちょっと上程度だったりする。基本的に軽い得物えものを使って任務をこなす彩芽には、あまり筋肉は無いのだ。


「人間に作り出された機械でありながら人間はおろか神にまで手が届くなんて、真季那さん凄いですね」

「そんなバトル漫画みてえな考察いいからアヤメも頑張れ!押されてるぞ!」

「言わんとする事は伝わりますですが、表現的には『引っ張られてる』の方が正しいのでは?」

「どーでもいいだろ!!」


 やいのやいのとそんな事を言いながら、腰を落として綱を引っ張る。

 1組と2組の人数差は偶然にも無いのだが、それでも徐々に1組がリードしていった。



「すごいよマキ!このまま1組の勝ちだね!」

「いえ、それがそうもいかないみたいよ……。向こうも向こうで全力を出しているみたいだし」


 今の真季那なら鉄筋コンクリートも片手でやすやす捻じ曲げられるほどの出力で綱を引っ張っている。それでも明確な差が生まれない辺り、さすがは天使と死神のいるクラスだけある。


「……なあ、コレ、ちょっとまずいんじゃないか?」


 双方が拮抗したとても熱い戦いの最中、1組チームの先頭にいた空がそうポツリとつぶやく。両クラスの皆が声を振り絞って力を入れてるので、その呟きが誰かに拾われる事は無い。代わりに空が抱いた嫌な予感は、結果として示される事になった。



 バァァァァァン!!と。

 特殊合金が詰まっているはずの綱が、大きな音を立てて引きちぎれた。


 ぶちっ、なんて軽い音では無かった。強化合金が破断する音は、銃声もかくやとばかりの轟音となって皆の鼓膜を震わせた。


「うわああああ!!」


 全体重を乗せて綱を引いていた一同は、全体重を乗せて重いっ切り尻餅をついた。盛大に砂埃が上がった運動場で、引きちぎられた綱が2本。それを見て、生徒たちは皆無言になった。


『……えー、これは一体どうすれば……』


 司会すらも何と言えば良いのか困り果てて、そう呟きをもらす始末。

 強化合金の入った綱すらも千切れてしまうという前代未聞の事態に陥ってしまったこの勝負、まともな勝敗なんて分かるはずも無かった。

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