第57話 勝てない存在

 晴れやかな日差しが差し込む昼休み。

 一年の殿炉異とのろいそらと二年の頂鬼いただき無王むおうは、今日も屋上でおしゃべりをしていた。


 以前この屋上で出会ってから、2人は昼休みになるとよくここで会って話をしていたのだ。共通点が少ない割になにかと息が合う彼らはだんだん仲良くなり、今では中学時代の黒歴史を笑いながら話し合えるほどには打ち解けていた。


 もっとも、本校の番長である無王といつも大人しい空がほぼ毎日のように屋上で会っているなど、そこだけ聞けばカツアゲの被害にでもあっているのかと勘違いされかねない状況なのだが。


「そういえば無王先輩、屋上の鍵ていつもどうやって開けてるんですか?」

「なんだ、今更だな」


 いつも昼休みになると屋上で会う2人なのだが、いつも無王が先に来ている。固い南京錠でロックされていた屋上への入り方を空は知らないのだ。


「あれな、ガチャガチャ揺さぶったら割とあっさり開くぜ」

「まさかの力技」


 そんなボロボロな鍵、よく今まで先生に見つかって取り換えられなかったものである。先生方も、わざわざ屋上まで確認するのは面倒だと思うのだろうか。



「そういう空はあの時、立ち入り禁止な屋上になんで入ろうと思ったんだ?」

「眠いからですね」

「即答だな」


 短くスパッと答える空は雲の広がる昼の青空を見上げた。


「こんないい天気の続く夏、外で寝れないなんてもったいないじゃないですか。俺は多少校則を破っていようとも、この安眠の場所に入ると決めたんです」

「俺が言うのもなんだが、お前もなかなか不良だな」

「そうですか?一度も校則を破ってない男子生徒なんて滅多にいないと思いますけど」


 空はとんでもない事を言い出した。

 空の中では、校則を破ったくらいでは不良でもなんでもないのだ。


「男はやんちゃな生き物なんですよ」

「男のお前がそれを覇気の消え失せた眠そうな目で言うのか」

「じゃあもう女でもいいです」


 ついに性別まで捨てた空。男として生まれた自分自身にもっと興味を持って欲しいものだ。

 そう思いながら微妙な顔で空を見つめる無王は、不意に


 俗に言う、嫌な予感というやつを。


「番長の勘が言っている……。ヤバイ何かが近づいて来る……!」


 喧嘩では負けた事の無い無王にこれだけ言わせる存在とは何なのだろうか。空は少しだけ興味が湧いたが、そんな彼をよそに無王は、辺りを見回しながら搭屋の後ろに隠れた。ちょうど出入口とは反対の位置である。


「俺も隠れたほうがいいかな」


 なんて呟きながら重い腰を上げようとした直後。

 バゴンッ!!と音を立てて、両開きの扉が勢いよく開け放たれた。


 新たに屋上に入って来たのは、短い茶髪の女子生徒。背が高いのを見るに、おそらく先輩だろう。無王が何かを警戒すると同時にやって来たので、無王の警戒する『やばい人物』が来るのかと思ったが、どうやらまだ早かったようだ。


 空は知らない人だったのですぐに視線を逸らす。

 しかし、その先輩は何故か空に話しかけてきた。


「あなた、今一人?」

「え?まあ、はい」


 まさか話しかけられると思っていなかった空はキョトンとしている。

 そんな彼を見て女子生徒は屋上を見回しながら、


「ここにガン飛ばしてオラついてる強面のヤンキーみたいな男とか来なかった?」

「いえ、見てませんが。そんなやばい人見つけたら逃げますよ」

「……そうよね。ごめんなさい、お昼寝の邪魔して」


 詫びを入れて、彼女はドアの向こうに消えていった。


「……別に寝ては無かったんだが」

「眠そうな顔してるからだろ。それより、あいつもう行ったか?」


 空の呟きにそう返しながら、搭屋の影からそーっと顔を出す無王。まるでかくれんぼでもしているかのようだった。


「ええ、もう行きましたよ。もしかしてさっきの人が無王先輩の言ってた『やばい人』ですか?なんか物凄い悪口に悪口重ねてましたけど」

「ああ、口が悪くなるのは怒ってる証拠だ。やっぱ俺の勘は間違てなかった。隠れて正解だったぜ」

「そんなに脅威なんですか?そうは見えなかったけど……」

「いいや、あいつはおっかねえやつだぜ。俺が廊下を歩いてたら大半の奴は避けるのに、あいつだけは構わず迫って来るんだ。そんでノートの提出を忘れてたらひっぱたかれる」


 近所の不良の間では天下無敵と名高い無王。不良でなくともそのオーラを感じ取って誰からも近づかれない無王。そんな彼に恐れる事なく物理攻撃をお見舞いしたのは、今の所彼女だけなのだとか。


 初対面時の空は眠気のあまり無王の危険なオーラを感じられていなかったし、仲良くなった今ではそんなオーラ感じないのだが、無王に臆せず近づくというのはなかなか凄い事らしい。



「……やっぱりここにいたわね」

「うげっ」


 急に背後からする声に、無王は渋面をつくる。

 いつの間にか戻って来ていたさっきの先輩は、無王に厳しい眼光を飛ばしていた。


「進路希望の紙、いい加減出しなさいよね!」

「わりいな空。俺は先に戻るわ」

「あ、待ちなさい!」


 じゃあな!と無王は空に向かって片手を上げながら走り去る。


「あなたも、あんな奴に合わせなくていいんだからね!」


 空にそう言い残して、女子生徒も後を追った。



「……先輩の意外な弱点を見つけてしまったな」


 再び静けさが戻った屋上で、空は一人呟いた。

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