第56話 魔法少女マジカル☆オルクス ~魔法少女破れたり~

 白名井しらない市の警察署から、不審者の目撃情報が市内・近辺市の学校に転送された。


 ツインテールの長い髪や瞳、そしてまるでコスプレイヤーのようなフリフリのついたミニスカート。その全てが鮮やかな桃色に彩られているという、推定16歳前後の少女である。

 桃色の大きな鎌を振り回しながら『悪い子みんな消し飛んじゃえー!』という奇妙な大声を上げていたらしく、住民が注意したところ、なんと空を飛んで去っていったという。



「そしてそんな光景が市内の各所で目撃されているらしい。これはもう魔法使いで間違いないだろ!」

「そうかなぁ」


 部室の戸締りをして学校を出た星海せかい摩音まおは、たった今一斉メールで送信された不審者情報を読み上げながら勇弥いさみ唯羽ゆうと共に白名井市を歩いていた。


「きっと『桃色』というキーワードが魔法発動のトリガーになっているのだろう。『色』をそろえるというのは最も簡単に魔力を整える方法の一つだからな」

「そうなの?」

「知らなかったのか?ほら、前の世界での我の恰好、黒一色だっただろう?」


 摩音の言葉に首をかしげてしばし思い出そうと頑張る唯羽。やがて思い出したのかポンと手を叩いた。


「あー、あれか。てっきり趣味かと思ってたよ」

「おい。我はどちらかと言えば赤の方が好きなんだが」

「僕らは鎧や聖術霊装でガチガチに固めてたっていうのに、服装に趣味を入れるほど魔王は余裕があるのかーってザウマスと話してたっけ」


 懐かしむように昔話を語る唯羽。

 勇者時代の唯羽と共に旅をしていた仲間の一人、ザウマスとの話を思い出して唯羽は笑みをこぼした。


「っと、ついたぞ。ここから魔力の反応がする」


 不意に摩音が立ち止まったのは、大きな廃工場の前。2人は魔力を辿ってここまで歩いて来たのだ。もっとも、唯羽は魔力の探知が出来ないので摩音に付いて行っていただけなのだが。


「我も用心はするが、いざという時はお前もしっかり頼むぞ。この世界の魔法がどんなのかは知らんが、今は魔法を打ち消す聖剣の加護が頼りだからな」

「大丈夫、準備は万端だよ」


 2人は頷き合って、大きなスライドドアを開け放った。


「魔法使いはおらんかー!!」


 途端に、摩音は大きな声で叫ぶ。

 様々な場所にコンテナが積まれていたりボロボロのクレーン車が放置されているような、だだっ広い廃工場内に摩音の大声が響き渡った。


「……反応なし、だね」

「では手はず通り、しらみつぶしに―――」


 その時。


「私と似て非なる魔力反応がすると思ったら、私が目当てだったのね」


 摩音の声をさえぎるように、奥から少女の声が聞こえた。

 摩音はいつでも魔法を発動できるよう身構えながら、唯羽はいつの間にか出現させていた『聖剣』を構えながら、それぞれ用心深く辺りを見回す。


「私はここよ」


 声は正面から。

 高く積まれたコンテナの上から仁王立ちでこちらを見下ろしている、不審者情報そっくりの桃色の少女がいた。


「私は魔法少女343番、マジカルオルクス。あなたも同業者?」

「343番って何、型番?ここに来て変な設定追加するなよ」

「変とは何よ。魔法少女を馬鹿にしてるの?」


 摩音が変とか言うから相手はちょっと不機嫌になっている。


「摩音、変なちょっかい出しちゃだめだよ。相手を刺激しないように優しく……」

「聞こえてるわよそこの剣士!野良猫と似たような対応しようとするな!」

「ふむ。じゃあ餌でも置いてみるか」

「お前もか赤いちびっ子!!」

「あ?」


 赤いちびっ子と呼ばれた、赤髪で背の小さい元魔王。キレた。


「話し合いは終わりにするぞ唯羽。コイツは叩きのめすっ!!」


 彼女に身長と胸の話は禁止なのだ。ちびっ子など禁句である。

 体からあふれ出る膨大な魔力に押し流されて、工場内の瓦礫やコンテナなどがまとめて吹き飛ばされた。


「うわっ!ちょっと、危ないじゃない!」

「ちょっと背が高いくらいで調子に乗るなよ人間!!」


 慌ててコンテナから降りるマジカルオルクスに向けて、摩音は次々と魔法を撃ち出す。


 火炎。流水。暴風。氷結。雷撃。

 こことは別の世界を一度完全に制服した魔王の振るう魔法は、自然災害の域すら超えていた。


「ちょ、ちょっと!死ぬ!私死んじゃう!!」

「死んだことが無いのか?そんなレベルで、一度死んだ我に喧嘩を売ったのか?死程度乗り越えられない存在が?」

「ひいいっ!!」


 真顔で魔法を撃ち出す魔王に恐怖した表情で逃げまとうマジカルオルクス。彼女だって魔法を使えるのだが、もはや桁が違うと理解しているのだ。

 そんな彼女のそばに、唯羽は密かに接近していた。


「謝るなら今のうちだと思うよ。彼女が本気を出したら、地球の大陸なんてものの一撃で引き裂くだろうからね」

「何あの子化け物!?」

「元化け物」


 割と真面目にうなずく唯羽を見て、顔面蒼白になるマジカルオルクス。

 彼女は日本列島を守るためにも、意を決して摩音の前に出た。


「ごめんなさい!私が全面的に悪かったわ!」

「ほう、もう降参か。じゃあ死んでみるか?」

「まだ怒ってる!?えーっと、えーっと……じゃあアイス奢る!好きなだけ買ってあげるから許して!」

「それ逆効果なんじゃ……」


 食べ物でなだめるなんて、取りようによっては未だ子供扱いしているとも取れてしまう。

 摩音が暴走したら止めに入ろうと聖剣を構える唯羽だったが、


「まあそれなら勘弁してやるか」


 許した。

 摩音は甘い物が好きだった。暑い廃工場で魔法をぶっ放し続けていたので、体が糖分を欲していたのだ。


「お前には爆発事件の事で話が聞きたかったしな。アイスでも食べながらゆっくり話そうじゃないか」


 意外にもあっさり機嫌が直った摩音はそう言って笑った。


「爆発事件の犯人も、君で間違いない?」

「え、ええそうよ。『悪しき魂』を滅ぼすのが私の役目なんだけど、爆発系統の魔法は楽しいものだから、つい使いすぎちゃって」


 唯羽の問いに、マジカルオルクスは力なく答える。

 対象が派手に弾け飛ぶ様を見ているのは楽しいのだ。だからついやり過ぎてしまう。


「ふむふむ。まあ爆発に巻き込まれて死傷者が出たという訳でもないし、我らがとやかく言うほどでもないか」

「うん。彼女にも彼女の役割があるみたいだしね」


 摩音と唯羽は互いに納得したようにそう言うと、マジカルオルクスに近づいた。


「ではさっそくアイスを食べに行くぞ、魔法少女よ」

「あ、うん」


 こんな簡単に許してもらってもいいのだろうか、と若干困惑してしまうマジカルオルクス。そんな彼女を先導するように廃工場を出ようとした摩音は、不意に、唯羽に肩を掴まれた。


、ほったらかしにするつもりじゃ無いよね?」


 彼が指し示したものは、摩音によってズタズタに破壊された、目も当てられない散らかりようの廃工場内。ちょうど台風でも中に投げ込めばこうなるだろうかというような惨状である。


「も、もちろん片付けまでやるつもりだったぞ?わ、我を舐めるなよ」


 別に放っておいてもいいだろ、と適当に考えていた摩音はそれを指摘されて冷や汗をだらだら流しながら、唯羽の指示通りに工場を魔法で直していく。


 そしてマジカルオルクスはと言うと、さっきはあれ程の猛威を振るっていた少女を言葉一つで動かしてしまう唯羽の後ろ姿を見て戦慄する。


(あの2人のパワーバランスは彼の方が上……?一撃で地図を変えられる少女に冷や汗をかかせるなんて、彼もきっと人間じゃないのね)


 唯羽は勇者時代からずっと人間である。

 しかしそんな事実を知らない魔法少女は、先ほど彼が握っていた剣も自分が喰らえば一撃で消し炭になっちゃうのだろう、と勝手に想像を膨らませていたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る