第53話 お昼寝は最高の場所で
二学期になってますます暑くなってきた9月のある日。
昼休みに廊下を歩いていた
「今日は風もちょうどいいし、外で寝るか」
軽めに昼食を終えた昼休みの彼は大抵寝ている。いつもはクーラーの効いてる教室で寝るのだが、今日は急な故障でクーラーがつかないため暑かった。
しかし不幸中の幸いか、外は良い風が吹いている。こんな日は是非とも屋上で寝転がりたいものだが、あいにくこの高校の屋上は解放されてないのだ。
「外から見た限りだとちゃんとフェンスもあったしなぁ。なんで入れないんだよまったく」
ぶつくさ言いながら歩いていると、いつの間にか屋上へ続く階段の前まで来ていた。
「どんだけ執念深いんだ、俺は……」
無意識に足が向かってしまうほど、空は快適な睡眠を求めていたようだ。そんな自分に苦笑しながら、空は階段をのぼる。開かずの扉を目の前にすればいい加減諦めがつくだろうと思ったからだ。
しかし。
「あれ、鍵外れてる……?」
クラスマッチの時に空が来た時は、両開きの扉を繋ぎとめるようがっちりと南京錠がかけてあったのだ。だが今はそれが開かれた状態で、床に落ちていた。
「先生とか誰かいるのか」
となると生徒が勝手に入ってはいけないだろう。
「よし、入るか」
が、求める安眠の場所が目の前にある状態で回れ右が出来ほど、空は自分に厳しく無かった。
彼だってまだ若者である。欲に忠実でもいいじゃないか。
「やったぜ。初屋上だ」
やや緊張しながら扉を開けた。
すると、綺麗な夏の青空と地面に照り返す強い日光が同時に目に飛び込んで来て、思わず目を細める。
「うわ、やっぱり暑いな……」
後ろ手で扉を閉め、空はフェンスに近づく。
3階建ての校舎の屋上から見る景色はなかなかだった。日光がもう少し控えめだとなお良かったが、こればかりはしょうがない。
「まあ、風は気持ちいいし、日陰に行けば涼しいだろ」
そう呟いていい場所は無いかと辺りを見回すと。
「あん?」
「あ」
目が合った。
制服を着崩した明るい茶髪の男子生徒が一人、搭屋の壁にもたれかかる姿勢でパンを食べていた。鋭い眼つきやあふれ出るオーラから、空は彼が不良と呼ばれる部類の生徒だと直感した。
「何見てんだコラ。一年か」
事実、不良の定型句とも言えそうな台詞を吐いた男子生徒。だが絶好の睡眠ポイントを目の前にした空は、臆する事なく男子生徒の横の、開いてるスペースに歩いて行く。
「隣いいですか?」
「俺が飯食ってんの見えねえのか?」
「邪魔はしませんよ。寝るだけですから」
すとんと横に腰を下ろした空を見て、男子生徒は怪訝そうな顔をする。
「ホントに座りやがったぞコイツ……」
実はこの男、この街の不良界では知らぬ者がいない、この高校の番長だった。
ヤクザの総長を父に持つだの眼光だけで3年生を気絶させただの真偽不明な噂が後を絶たない、本校で絶対に廊下で肩をぶつけたくない生徒アンケート (新聞部主催) ナンバーワンの男なのだ。
知る人ぞ知るそんな彼がさっきからメンチ切ってるにも関わらず、震えるどころか遠慮なく隣に座る空を見て、男子生徒は確信した。
(コイツ、
どんな喧嘩も始まる前から相手が震えだす。と冗談でも比喩でもなく実際にそう言われるような人間である番長。そんな彼の横で寝ようとする空。
見る者が見れば言葉を失うどころの話じゃない光景だった。
……実際は、空が番長だのなんだのという不良界隈事情を全く知らないだけなのだが。知る人ぞ知る話は、知らない人は知らないのだ。
「……どうしました?さっきからジッと見て」
気づけば空がこちらを向いていた。ついジッと見ていた、というよりは目の前の謎に満ちた強者感あふれる男を観察するように凝視していた番長は一度咳払いをして、もう一度空の顔を見た。
「俺は
「急に名乗り出したよこの人」
「自己紹介だよ。自分から名乗るのが礼儀だろおが」
「なるほど。
番長―――無王が後輩相手に自分から名乗り出すなど、見る者が見ればむしろ恐怖しただろう。
だが無王自身にそんな恐ろしい考えは無く単純に、自分をここまで驚かせる者の名を聞きたかっただけなのだ。
「空か……なるほど、覚えたぜ」
「え、俺何かされるんですか……?」
「んな事ねえよ。俺とこんな風に話すヤツなんていねぇから、興味持っただけだ」
食べ終えたパンの包み紙をくしゃりと握り潰し、無王は青空を見上げる。
まさか一年にこんな男がいるとは知らなかった。クラスマッチも始業式もサボっていたから見ては無いが、今年の一年生はいろいろ凄い生徒が多いらしい。
(こんな不思議なヤツが他にもいるってんなら、会ってみてぇもんだな)
そんな考え事をしながらふと隣を見ると、空は搭屋の壁に背中をあずけて、眠りこけていた。
「今の短時間でホントに寝やがったぞコイツ……」
ほとんど呆れが混ざった苦笑を浮かべ、無王は寝転がって同じように目を閉じた。
殿炉異空。つくづく不思議な男だった。
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