第50話 霊能値500,000,000くらいの少女。でも戦闘力は5

 予想外のトラブルによって、始業式後はすぐに下校になった。そのため、街中にはまだ午前中にも関わらず下校中の生徒がちらほら見える。

 そんな中、三瀬川みつせがわ黄泉よみも同じように帰り道を歩いていた。


「テロリストなんか来るから転校1日目があっけなく終わってしまった……。結局クラスの子と誰とも話せなかったし、こんなので友達出来るのかな……」


 このままぼっちの道を歩んでしまったらどうしよう、とややナイーブになる黄泉。一年二組に転入した彼女は、隣の席の人とくらいは今日中に仲良くなりたいと思っていたのだ。それが急なテロ行為のせいでおじゃんになってしまった。


「だめだめ、暗くなりすぎちゃだめよ黄泉!まだたった一日。明日から友達作ればいいんだから!」


 気持ちを無理矢理にでもポジティブな方向にもっていく黄泉。

 そうして気持ち大股で歩いていると、いつの間にか怪しい廃ビルの前に来ていた。周囲には人っ子一人おらず、漂う雰囲気も薄気味悪い。


 だが、人が入らなくなって何十年も経ったようなビルを前にしても、黄泉は特に慌てたりしなかった。


「あー、またやっちゃった」


 ぽりぽりと頬をかく黄泉。

 彼女は方向音痴とまではいかないが、考え事をしながら歩いていると、無意識に知らない場所へ行ってしまう事が多いのだ。


 そしてそうして無意識に足が向いてしまう場所の大抵は、『悪霊』の住みく所だった。悪霊のもとへ導かれるというのも、霊能力の一種なのかもしれない。


「うわぁー、幽霊さん達が誰もいない。これはなかなか凄い悪霊かも」


 霊能力者である黄泉は、辺りを見回してそんな事を呟く。


 幽霊を2つに分けるとすれば、悪霊とそうでない良い霊に分けられる。そして、悪霊の住み憑く場所には、良い霊はほとんど寄り付かない。人間で言うと、怖そうな人間には近づきたくないと感じるのと同じようなものだ。


 なので、いつもなら視界のどこかには必ず見えるくらい頻繁に遭遇するはずの幽霊が誰もいないこのビルは、かなり凄い悪霊がいるという事になる。


「来てしまったからには、放っておけないよね」


 本来悪霊と出会ってしまった時は専門の霊能力者に除霊をお願いするのが正しい判断なのだが、黄泉はそのまま廃ビルへ足を踏み入れた。


「いくら悪霊だからって除霊するのは可哀想だし」


 彼女的には、悪霊だからといってすぐ除霊するのは、自分達に害だからと言ってすぐに人を殺すようなものだと思っている。なので、いくつか連絡先を交換している専門の霊能力者には電話せず、単身ビルに乗り込んで言った。


「いかにもって感じの廃ビルだね……」


 半開きのまま固まっている入口のドアを潜り抜け、中に入る。

 かつてどんな目的で使われてたかも分からない廃ビルだが、悪い人達が出入りでもしているのか、所々に人為的な荒らしの跡が見える。


「うえぇ……悪霊はともかくそういう人間は怖いなぁ……。はやく済ませよ」


 黄泉は立ち止まり、自分の髪の毛をわしゃわしゃと乱した。そして鞄から手鏡を取り出し、自分の髪を見つめる。肩にギリギリかからない程度に伸びた茶髪は、自分の手によって寝起きのようにぐしゃぐしゃになっていた。


「3階の一番西の部屋ね。近くて良かった」


 黄泉はそう言うと、そのままの髪で階段へと歩き出した。彼女は今、悪霊の正確位置を特定したのだ。


 水平な地面に立てた棒を霊能力者が倒すと自然と霊のいる方向に倒れたり、寝相の悪い霊能力者は寝てる間に自然と頭が霊のいる方向にずれたり。そして今の黄泉のように、霊能力者が髪をぐしゃぐしゃすると髪が自然と霊のいる方向を示してくれたり。


 霊能力者は常人よりも霊感が半端ではなく、無意識的に霊の位置を体が示してくれる。

 黄泉はその特性を理解してから猛特訓し、髪の乱れ具合から霊の位置を捕捉できるようになった。今のように、建物の階数からその方角まで正確に。


「将来は除霊師にでもなろうかな。いやでも私は除霊しないし、悪霊を話し合いで改心させるだけだからなぁ。除霊師を名乗ったら詐欺になっちゃうかな」


 そんな独り言をつぶやきながらボロボロの階段をのぼり、三階に到着。

 散らばっている割れたガラス片をパキパキと踏み締めながら、ボサ髪レーダーが示した西側の部屋へ向かう。


「お、あれかな」


 部屋の入口からちょこっとだけ見える影を視界に捉えた黄泉は、足音も消さずに部屋に入った。が、


「「ん?」」


 怪訝そうな2人分の声が重なった。


 一つはもちろん黄泉の物。真っ黒な装備で固めた目の前の悪霊が、なんか見覚えがあったからだ。

 そして二つ目は、目の前の悪霊の物。


 ではなかった。


「このガキ、どこから迷い込んで来た」


 その声は後ろから聞こえたものだ。振り返ると、悪霊 (?) と同じ格好をした5人の。その内2名は、ちょうどゴツゴツした武装を装着する所だった。着替え中である。


「悪霊じゃない……!?」


 驚きながら後ずさる黄泉。霊は着替えない。そもそも着ている服は汚れないし、霊的な意思の力で自分の服くらい自由に変えられる。

 つまり目の前にいる真っ黒な武装をした人達は、悪霊じゃない。生きてる人間だ。


 それも着ている装備が見覚えあると思ったら、今朝体育館に侵入してきたテロリストと同じものだ。床に並んでいた物々しいアサルトライフルを見て黄泉はそれを確信した。


(やばいやばい……!何かヤバそうな廃ビルだと思ってたけどテログループのアジトになってるとかやば過ぎる!というか私が探してた悪霊さん部屋の片隅で震えてんじゃん!怖いなら逃げなよ!)


 かなり凄いと思ってた悪霊も、銃で武装した集団を見て震えているようだ。

 彼には物理攻撃が効かない以前にテロリスト達からは見えすらしないのだから、そこまで震える事でもないだろうに。


「隊長。このガキが来てる制服、標的の高校じゃないですか?」

「ああ。今朝突入したA班は失敗したらしいが、人質があると話は簡単になるだろうな」


 武装したテロリストは、5人で固まって物騒な事をひそひそ話している。

 その間に黄泉はじりじりと出入口へ後ずさり、


「ふぉりゃあああ!!」


 懐から取り出した塩の入った小袋を武装者達へ勢いよく投げつけた。


「ぶゎっぷ!?」


 簡単に破れるようになっている袋から大量の塩があふれ、それらは見事彼らの目に直撃。

 武装者たちが目に入った塩の痛みに悶絶してるその隙に、黄泉は体力テストでも出さないような超全力で走り出した。


 霊能力者は、物理的な戦闘力は皆無なのだ。

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