第48話 夜にも珍妙な物語

「よし、準備オーケーかな」


 8月31日の夜。

 明日から始まる二学期の準備を終わらせた一人の少女は、自室でゆっくりと伸びをする。


 彼女の名前は三瀬川みつせがわ 黄泉よみ。明日から新しい学校に転入する、ごく普通の霊能力者である。


「黄泉ちゃん、いよいよ明日なのね。頑張ってね」

「友達たくさん作るんだよ」


 幽霊の見える彼女の周りには、明日から始まる新しい高校生活を応援する、心優しい幽霊のみんながいた。


「ありがと、ミサ姉さん、マツじい。別に能力者が集まる学校で異能バトルの日々を送るって訳じゃないけどね。普通の学校だよ?」


 黄泉の3つ上の女子大生であるミサと、盆栽を眺めるのが趣味というマツじいさん。黄泉の周りにいるたくさんの霊たちの中でも、特にいつも黄泉を助けてくれる2人だ。血のつながりはないが、黄泉は彼らを家族のように思っていた。


 そんな幽霊2人と微笑みながら話す黄泉は、ふと時計を見上げた。


「もう10時か……。霊のみんなはこれからが活動時間エンジョイタイムなんだよね。私も起きてたいなぁ」

「ダメよ。明日は早いんだから、もう寝ないと」

「はぁーい」


 ミサにそう言われ、ゆるりと寝支度を済ませた黄泉。


「じゃあみんな、おやすみー」


 黄泉は部屋の電気を消し、霊のみんなに手を振った。そして皆の姿が見えなくなって、彼女も布団に入る。

 と、その時。


「あれ、電話?」


 枕元に置いているスマホがぶるぶると震えていた。着信音がいきなり鳴るのがビックリするからいつもマナーモードにしてるので、スマホが震える音が小さく響く。


 入学して一学期で転校した黄泉に、前の学校での友人はいない。

 ならば中学の友人からかな、とスマホを手に取る。そこに表示されていた番号は―――


「不明……?」


 訝し気に画面を眺めるが、電話は一向に鳴りやまない。いや、実際にはなっていないので、震え止まらない。

 やがて黄泉は、意を決して通話ボタンを押す。


「もしもし?」

『あたしメリーさん。今駅の前にいるの』

「……」


 これまで何度か聞いた事のあるフレーズを今一度聞き、黄泉は一瞬沈黙する。そして電話の向こうの声が、聞き覚えのあるものだと思い至った。


「その声、ヒナだよね?」

『…………あたしメリーさん。今駅の前にいるの』

「さっきと同じ所じゃん。どうしたのヒナ、迷子?」

『アタシメリーサン。ヒナジャナイ……』

「私の知ってるメリーさんはカタコトじゃなかったと思うけどな」


 電話の向こうの声は幼馴染の少女、日明ひめい 日奈ひなのものだった。彼女は確か携帯を持っていなかったので、いつも通り公衆電話から掛けて来ているのだろう。転校のために引っ越してからもよく電話しているのだが、まさか夜にかけてくるとは。


『あたしメリーさん。今駅の前にいるの』

「もう寝なきゃだしまた明日ね?」


 そう言って、幼馴染からの電話を切った。

 何か用事があったのか。それともただ遊びたいのか。何故かメリーさんのモノマネをしていた辺り後者な気もするが、もし前者ならまたかけ直して来るだろう。少しだけ待ってみる事にした。


「あ、また来た」


 すると1分もたたないうちにまたかかって来た。


『あたしメリーさん』

「まだやってる……。次はゴミ捨て場だっけ?」

『今あなたのうしろにぃぃぃー!』

「いろいろ飛ばしてるっ!!」


 せめてあと二か所は挟もうよ!とツッコミながら振り向く黄泉。すると背後には、宣言通り幼馴染の姿が。


「じゃーん!メリーさんの瞬間移動術でしたー!」

「じゃーんじゃないよ。今から寝る所なんだけど」


 いきなり部屋に現れた日奈は、綺麗な長い黒髪を揺らしながらよく分からない決めポーズをとる。

 そんな幼馴染に呆れながらも笑みを向け、黄泉はベッドの端に座った。


「それで、何か用事とかあるの?わざわざ夜に電話するなんて」

「いやぁー特にこれと言った用事は無いね」

「えぇ……」


 幽霊たちがいなくなって一人になった部屋に現れたこの少女。本当にただ遊びたいだけのようだ。陽気にブイサインを向けてくる。


「まあ強いて言えば、明日から頑張ってねって言いに来た」

「あらありがとう。でも明日でもよかったんじゃない?」

「いやいや、ラジオ体操してるような時間帯に出没するメリーさんとか怖くないじゃん」

「まずなんでメリーさんの真似をする必要があるの」


 ヒナって昔からよく分からない所があるよね、と黄泉は小さく笑う。それにつられて、日奈も笑い出した。


 それから少し楽しくおしゃべりした後、日奈はベッドから腰を上げる。


「さてと、それじゃおいとましようかね。明日も来るよん」

「来るんだ。まあいいけど」

「またまたー、嬉しいくせにぃー」

「あーもう!おやすみ!」


 照れくさくなった黄泉は両手を体の前でパタパタと振る。そんな黄泉に日奈も笑顔で手を振り返しながら、やがてその姿は消えていった。ミサやマツじいと同じように。


「ヒナったら。幽霊なのにいつも元気だよね」


 再び一人になった部屋で、黄泉はそう呟く。

 幼い頃から一緒に遊んでいた幽霊少女の姿を思い浮かべながら、霊能力者の少女は布団に入った。


 明日から始まる新たな高校生活でも、日奈のような友人に巡り合えるだろうか。

 そんな期待と若干の不安と共に、やがて眠りについたのだった。

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