第47話 Unlimited Home Work

 電話で真季那の暗黒物質ダークマター研究を辞めさせた人美は、その後真季那の家に行って代わりの自由研究として真季那が提案した全自動小型掃除機製作を手伝った。その過程で『暗黒物質ダークマター』の少女も少しは真季那への警戒を緩めてくれたようで、2人に仲良くしてほしかった人美としては嬉しかった。


 そして命の危機 (?)を回避した『暗黒物質ダークマター』はと言うと、宇宙に帰れるほどの惑星エネルギーを数日かけて補充できたにも関わらず、今も地球に居続けていた。


 現在は真季那の家で暮らしているみたいだが、最近はちょくちょく人美の家に来ている。いつもツンケンしてて分かりにくいが、どうやら人美は懐かれたみたいだ。


 そして今日も、『暗黒物質ダークマター』は人美の家にやって来ていた。


「クロちゃん、いらっしゃい」


 玄関で出迎えたのは、人美の妹の糸美だった。

 彼女もここ数日で『暗黒物質ダークマター』と顔見知りになり、今では姉の考えたニックネームで呼ぶ仲だ。


「おぇは部屋にいるよ。ずっと宿題やってる」

「最近は毎日だな。人間の宿題はそんなに大変なのか?」

「お姉ぇは溜めこみ過ぎてただけだよ。小学校から9年間、毎年こう。学んでなさすぎ」


 お客用のスリッパを出しながら、糸美はここにはいない姉へ容赦ない意見を口にする。

 小学生くらいの体の『暗黒物質ダークマター』は、少々ぶかぶかなスリッパを履き、人美の部屋のある二階へと上がって行った。



「人美、入るぞー」

「あ、クロちゃんいらっしゃーい。宿題もう少しで終わるから待ててね」


 机に向かっていた体をほぐしながら、人美は『暗黒物質ダークマター』にそう言った。

 最近はずっと宿題に苦しめられているみたいだが、それもどうやら終わりのようだ。


「ただまあ、夏休みごと終わるのは許容しがたいけどね……」

「今日が最終日なんだな」

「そーなんだよぉ……。くそー、宿題なんて溜めこむんじゃなかった」


 明日やる明日やると宿題を後回しにしていた過去の自分が恨めしい。

 お金じゃないのだからためて得をするわけではないと分かってはいても、いつの間にか手を付けずに残っていくのだった。


「でもまあ、これで終わりだっ!!」


 バチン!と、人美は勢いよくノートを閉じる。


「フハハ、どうだ宿題!ちゃんと夏休み終了までに終わらせてやったぞ!」

「そんな悪の大魔王みたいな高笑いすんなよ」


 お前らは全員カバン行きじゃー、と終わった宿題を通学鞄に詰め込む人美。困難を乗り越えたからかややテンションが高めだった。


「そんなに嬉しいもんなのかね」


 夏休みの宿題の苦しみというものを味わった事のない『暗黒物質ダークマター』は、そんな調子で首をかしげながら部屋の片隅に積まれていた漫画本の方へ歩みよる。


 ただし彼女は漫画が読みたかったのではなく、その漫画たちに挟まれた一枚の紙が気になったからだ。


「なんだコレ」


 『暗黒物質ダークマター』はそれを引き抜く。書かれている文字を見るに、夏休みの宿題の一覧のようだった。


「おい、コレ見て確かめた方がいいんじゃねえか?」

「お、そうだよね。やり忘れあったら大変だし」


 まあないだろうけどね!と自信満々に言い放ちながら、一つずつ確認していく人美。

 と、そこで。


「あれ?国語のワークなんて宿題あったっけ?やってないけど?」

「オイオイ……」


 どうやら本当にやり忘れがあったらしい。『暗黒物質ダークマター』が一覧表を見つけてくれてなければ大変な事になる所だった。


「危なかったぁー。ナイスクロちゃん」

「まあ、これくらい当然だ」


 褒められて悪い気はしない『暗黒物質ダークマター』は胸を張る。

 彼女のおかげて危うい所を救われた人美は、急いで宿題の残党狩りを始めた。


「うわぁ、15ページもある……」

「そのワーク全部じゃないだけマシだろ」

「そうなんだけどさぁー」


 ぶつくさ言いながらも国語のワークを進めていく。

 日本人の人美にとって国語は、英語よりかは簡単だった。もっとも、だからと言って得意教科な訳では決してないのだが。


「あ、国語辞典取ってくれない?確かそこの棚に」

「へいよ。……ん?」


 言われた棚から分厚い国語辞典を抜き取った『暗黒物質ダークマター』は、その拍子に棚の中から一枚のプリントが出てくるのを見つけた。


「また何か落ちたぞ」

「え、さすがに宿題じゃないよね」


 『暗黒物質ダークマター』からプリントを受け取った人美は、そこに書かれていた文字を見て、思わずプリントをぐしゃぐしゃに握り潰す所だった。

 そのプリントは、夏休み序盤になって送られてきた、数学の宿題範囲拡大のおしらせだった。


「なんで今出てくんのさー!!」

「踏んだり蹴ったりだな。まあガンバレ」


 ここにきて敵の伏兵が顔を出してきた。

 実際には人美がプリントを送られてきた日に、現実逃避からの行動で国語辞典と共に棚に押し込んだのが原因である。


 さっさと倒せる敵を放っておいて存在を忘れ、伏兵に仕立て上げてしまったのは他ならぬ人美自身だという事だ。

 人美が軍隊の指揮官だったなら、人美軍は真っ先に壊滅してしまっているだろう。


「ちくせう……宿題呪ってやる……ソラっちに呪術教わって呪ってやる……」


 人美は怨念をこぼしながらシャーペンを動かす。

 そして国語のワークが13ページほど終わった時。そこに挟まれていた国語の宿題プリントを発見し、思わずそっとワークを閉じる人美。そのプリントは、もちろん手を付けていない新たな伏兵だ。


「もういやだ……」

「さすがに可哀想になって来たな……」


 怒涛の勢いで際限なく現れる宿題軍に『暗黒物質ダークマター』も、もはや笑う事すらできない。

 宿題を後回しにしていた人間には、ただ一度の勝利も無かったのだ。


「……別に、サボってしまっても構わんのだろう?」

「なに清々しい顔で言ってんだ。やれよ」

「くっ……やるしかないのか……!」


 夏休み最終日。

 人美は徹夜を決意した。

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