第46話 人とのふれあい

 人美と言うらしい女子高生と一緒に街を歩く『暗黒物質ダークマター』は、ふとその歩みを止めた。


「どしたの?」

「腹が減った」


 短くそう返す『暗黒物質ダークマター』。

 星のエネルギーを取り込んでそれを栄養とする彼女にとって、お腹が空いたのなら食事などしなくても空気を吸えばいい。だがどういう訳かこの地球の空気との相性がよろしくないらしいので、別の方法でエネルギーを摂らなければならない。


「さてどうするか……。土でも食ってみるか」

「ちょっと?何かとんでもない発言が聞こえた気がするんですが?」


 人美は隣の少女が呟いた事にびっくりして動きを止める。


「人間は土食べれないよ?」

「私は人間じゃない。『暗黒物質ダークマター』だ」

「ダークマター……。あー、マキが自由研究のために取って来たっていうヤツ。人間だったの?」

「だから私は人間じゃないって言ってんだろ。人型に変化へんげしてるだけだ」

「へぇー」


 マキとそっくりだねー、と人美は『暗黒物質ダークマター』の髪の毛を触ったり頬をつついたりする。

 と、そこで『暗黒物質ダークマター』の長すぎる暗黒色の髪が地面を引きずり、土で汚れてるのに気が付いた。


「髪結ばないの?」

「別にどっちでもいいだろ髪なんて。逃げてる時はそれどころじゃなかったし」

「ダメだよ!髪は女の命なんだよ!」

「別に髪に心臓くっついてるわけでもないだろうが」

「そう言う事じゃないの!」


 人美は『暗黒物質ダークマター』の後ろにまわり、引きずる髪を拾い上げた。


「うわ、すごいゴミ付いてるじゃん。これじゃまるで人間ほうきだよ」

「バカにしてるのか?」

「ちょっとあっちのベンチに座って。髪直さなきゃ」


 『暗黒物質ダークマター』を近くのベンチに座るよう促し、長い髪を持ち上げた人美は後ろに回る。


「たまたまポケットティッシュがあってよかったよ。ちょっと動かないでねー」

「こんな事してる場合じゃねえのに……」


 いっそ髪を引きちぎって逃げるか、なんて考え始めた『暗黒物質ダークマター』だが、それだと変に人々の目を引いてしまうかもしれない。お腹が空いてまともに体を変えれない今、それはまずいだろう。


 あまり不自然な行動を起こしてしまえば、真季那に見つかってしまう可能性だってある。ここは大人しくされるがままになっておこう。


「よしっ、できたよ」

「何か後頭部が重いな……」


 重心に違和感を感じた『暗黒物質ダークマター』は、自分では見えない後頭部をさする。すると髪の塊の柔らかい感触に触れた。


「結んだことないから下手だけど、これなら汚れないね」


 人美はポケットから取り出したスマホで『暗黒物質ダークマター』を撮り、それを見せた。

 地面に着くほど長かった髪が、後頭部でお団子にまとめられてポニーテールになっていた。それでもひざの辺りまで伸びているのだから、本当に長すぎる髪である。


「ほーん、まあ悪くねえな」

「気に入ってくれたのならよかった」

「べ、べつに気に入ってはねえよ」


 自分の髪を見ていたスマホをぽいっと粗雑に返し、ベンチから降りる『暗黒物質ダークマター』。

 そのまま歩いて行こうとするので、人美も追いかける。


「それでクロちゃんはどこまで逃げるの?」

「クロちゃんってなんだよ」

「ダークマターだから黒かなって思ったの。だからクロちゃん」

「そのまんまじゃねえか」


 ちなみにダークマターの『Dark』は『不明』を意味するものであって、本来の『暗い』といった意味ではないという話もあるだが、そんなことなど知る由もない人美は、暗黒だから黒ということで命名した。


「宇宙の神秘だっつーのにペットみたいな名前つけやがって」

「嫌だった……?」

「……別に嫌とは言ってねえ」


 この星で初めて言葉を交わした存在が自分を捕まえた存在だったからか、こうやって親切に接してくる人間といるのは、居心地は悪くない。

 心の奥で、密かにそう思った『暗黒物質ダークマター』だった。


「どこまで逃げるって言われてもな……。アイツに研究されないと判断するまで、永遠にどこまでも逃げる」

「そんなに研究されたくないの?」

「そりゃ嫌だろ!お前だって自分の体を余すところなく調べ尽くされるのは嫌だろ?」

「言い方がひどい。けどそれは嫌だね」


 思わず顔をしかめる人美だが、『暗黒物質ダークマター』の言いたい事は分かった。


「じゃあ私からマキにやめてって言ってみるよ。クロちゃんは直接会いたくないんでしょ?」

「もちろん嫌だが、そんな事出来るのか?」


 一見普通の少女だったが、真季那は人間ではない。ロボットだ。それも『暗黒物質ダークマター』から見た彼女はとても恐ろしい存在。

 いくら知り合いだからって、そんな者と対等な話し合いなど普通の人間である人美には不可能だと、『暗黒物質ダークマター』は思った。


 だがそんな心配をよそに、人美と電話で話した真季那は、『暗黒物質ダークマターの研究はしない』とあっさりと諦めた。

 さすがの真季那でも、人が嫌がる所を無理矢理に研究するほど鬼でもなかった。


「という訳。クロちゃんはもう逃げなくていいんだよ」


 通話を終えた人美は、軽く『暗黒物質ダークマター』にそう告げる。

 だが、最悪の場合人類が滅ぶまで逃げ続ける覚悟を決めそうになっていた『暗黒物質ダークマター』は、ものの数分であのロボの研究を辞めさせた人美がただの人間には思えなかった。


「お前、何者なんだ……」

「え、クロちゃんには私ってどう見えてるの……?」


 一方、普通に友人と電話しただけの人美には、目の前の少女が何を言っているのかよく分からなかった。

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