第45話 街を駆ける地球外存在

 8月下旬のとある日の昼頃。

 山中で熊と遭遇した登山家よりも恐怖に支配されたような表情で、街を全力疾走する少女がいた。


 その髪は黒色よりも暗い暗黒色。身の丈以上伸びたそれは地面に引きずられているが、彼女にはそんな些細な事を気にしていられる余裕は無いようだ。

 小学生くらいの背丈の彼女は、まるで『研究者の服をそのまま真似して着ている』ような白衣をまとっていた。

 しかし彼女の正体は、ただの小学生でも研究者でもない。


 『暗黒物質ダークマター』。

 人間の手では未だ観測も出来ないような、宇宙の神秘の塊である。


「はぁ……はぁ……くそ!どこまで逃げたら安全なんだ!?」


 そんな地球外物質の塊は現在、何をされるか分からない科学者ロボから逃走中だった。

 本来の姿の方が本当は逃げやすいのだが、この星の空気と相性でも悪いのか、なかなか上手くエネルギーが摂れないのだ。なので下手な変化へんげは控え、人型で走っているのである。


「ひぃ……つかれた……」


 だが、慣れない人型での全力疾走は予想以上に負荷が大きいようだ。足が悲鳴を上げている。

 『暗黒物質ダークマター』は何度も後ろを振り返ってマッドサイエンティストアンドロイドが来ていない事を確認し、ちょうど目に入った休憩用のベンチに腰を下ろした。


「はぁ……なんでこんな事に……」


 宇宙で仲間たちと遊んでいた時。近くに停まったロケットから飛んできたロボに回収され、あっという間にこの星に連れて来られたのだ。


「なんで私だけこんな……これからどうすればいいんだよ……」


 疲れた体を休めていると、そういった不安や寂しさがこみ上げてきた。真季那に対してあれほど強気な態度を取っていた『暗黒物質ダークマター』だが、実は虚勢を張っていただけ。本当は寂しがり屋なのだ。


 そろそろ本気で泣き出しそうになっていた『暗黒物質ダークマター』。だが不意に、声をかけられた。


「あれ、マキ?」

「……?」


 俯いていた顔を上げると、そこには一人の女子高生がいた。コンビニ帰りなのか左手にレジ袋を提げている。

 彼女は『暗黒物質ダークマター』の顔をまじまじと見つめていた。


「あれ、よくみたらそっくりだけど違うじゃん。あなた、マキの妹さん?」

「マキ……?薪?」

「ああ、マキっていうのは私の友達。真季那っていうんだけど」

「ひっ……!」


 その名前を聞いて、『暗黒物質ダークマター』は後ずさろうとした。だがベンチに座ったままだったので、背もたれの無いベンチから、背中から転げ落ちてしまった。


「ぐぁっ」

「だ、大丈夫!?」


 女子高生は仰向けに転がる『暗黒物質ダークマター』に駆け寄るが、それより速く『暗黒物質ダークマター』は起き上がった。


「く、くるな!お前もアイツの仲間なんだろ!」

「え?」


 白昼堂々、周りの目も気にせず大声で警戒する『暗黒物質ダークマター』を、女子高生は怪訝そうに見つめていた。


「もしかしてマキと喧嘩中?」

「違うわ!逃げて来たんだよ!」

「家出かぁ」

「それも違うわ!」


 埒が明かないと分かった『暗黒物質ダークマター』は、手のひらから『暗黒素子ダークエネルギー』を生み出し、刃物でも向けるように女子高生に突き付けた。


「いいか、ここで私と会った事は絶対に、ぜっっっったいにあのロボに言うんじゃないぞ」

「あ、分かった!鬼ごっこしてるんだ!」

「違うっつってるだろ!身の危険感じてねえのかお前!!」


 ゴウゴウバチバチと得体の知れない音を発しながら歪み続ける『暗黒素子ダークエネルギー』をぶつけるぞと見せつけているにも関わらず、女子高生は普通に話しかけてくる。

 先ほど真季那に突き付けた時もそんな感じの反応だった。迫力不足が問題なのだろうか。


「ええい!ならこれはどうだ!!」


 『暗黒物質ダークマター』は手のひらの『暗黒素子ダークエネルギー』をうねうねと動かし、その手に漆黒の槍斧ハルバードを生み出した。

 木でも鉄でもプラスチックでもない、『闇』を固めたような不可思議な物質で生み出されたソレは、まさしく『暗黒素子ダークエネルギー』の塊。その刃を女子高生に向けて『暗黒物質ダークマター』は叫んだ。


「どうだ!これで自分の立場が分かったか!分かったら大人しく―――」

「うおー、かっこいいー!」

「聞けよ!!」


 身の丈ほどはある大きな武器を前にしても、女子高生は恐怖しない。いや、むしろそんな武器だからこそ、彼女の興味がそそられたわけだが。


「妹ちゃんはサキみたいに超能力が使えるの!?あ、でもマキの妹って事はロボットなのかな。じゃあ超能力ロボ?」

「どっちも違うわい!もういい!」


 一向に話が進まない。そして、彼女と話していても得も害もないと判断した『暗黒物質ダークマター』は、女子高生に背を向けて立ち去ろうとした。


「あ、待って待って!」


 だが彼女はついて来る。


「マキのとこ行くなら私も一緒に行くよ」

「逆だ。逃げてるんだよ」

「そっか、鬼ごっこ中だもんね。マキ、宿題終わったって言ってたし遊んでるんだろうなぁーいいなぁー」

「はぁ……否定するのも疲れる……」


 少しは回復した体力で、また歩き始める『暗黒物質ダークマター』。頑張ればダッシュくらいはできる程度に回復していたのだが、隣からは女子高生がいろいろ話しかけてくるので、仕方なく歩いて真季那から逃げる事にした。


 彼女を振り切って逃げる事も出来なくはないのだが、嫌々ながらもちゃんと話を聞く辺り、変な所で律儀な『暗黒物質ダークマター』だった。

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