第34話 天使と異世界人

 暑すぎる夏の晴天。

 セミの鳴き声がけたたましく響き、近所のグラウンドでは野球チームの練習する声が聞こえてくる。


 そんな夏の日に、天塚あまづか しょうはうんざりした顔で額の汗をぬぐった。

 彼は天使の翼を生やして、彼の暮らす街をはるか上空から眺めていた。いつもより近くにいる太陽を忌々しげに睨んで、その視線を手元のレポート用紙に落とした。


「くそ……天界から宿題が出るなんて聞いてねぇぞ……」


 翔の握っているレポート用紙には、天界の神から出された宿題の詳細が書かれていた。その課題は一言で言えば、人間観察である。


「観察してどうなるってんだよまったく」


 そんな愚痴をこぼしながら、天使はゆっくりと空をかける。

 死ぬほど暑いこの季節だが、全身で風を受けながら飛ぶと、多少マシになるのだ。


「さっさと終わらせてアイスでも食いてぇなー」


 面倒臭い気持ちを前面に押し出して飛行する翔。天界の神様が見たら宿題を増やされそうだ。


 そんな調子で地上を見ながら寝転がって宙を漂っていると、河川敷の辺りでキョロキョロしながら戸惑っている様子の20歳前後の男性を見つけた翔。

 その男性は肩や膝、胸の辺りなど動きを阻害しない程度に全身にあしらわれた銀色の軽装鎧に身を包んでいた。おまけに腰に剣のようなものまで携えている。コスプレイヤーか何かだろうか。


 その男性は道行く人々に何かを尋ねているが、話しかけられた人間は申し訳なさそうに首を振るばかり。おそらく外国人なのか、言葉が通じていない様子だ。


「やれやれ。困ってる人を救うのは天使の役目だよな」


 翔はゆるりと降下して、男性の前まで歩み寄る。


「どうかしたのか?」

「__、____?」

「何語だこれ」


 男性が発したのは、やはり聞いた事の無い言語だった。

 今の状態だと日本語しか喋れない翔は、天使パワーを使って強引に翻訳能力を発動させた。相手が何語を話していようとすべて理解でき、また口から出た言葉を自動的にその言語にしてくれる優れものである。


「……あーあー、これで通じるか?」

「おお!通じます!この世界に来て初めて通じました!」


 意思の疎通がとれた事に喜ぶ男性。

 一方、翔は男性の言った『この世界』という言い方に違和感を覚え、少し考えてから話しかけた。


「なんだお前、もしかして別の世界から来たりしてるか?」

「なんと……!言葉が通じるだけでなく、そんな事までお見通しとは。あなたは一体……!?」


 男性は驚いたように翔を見る。実は最初に彼が話した、翔が聞き取れなかった言語。翔はあれに不思議な違和感を覚えていたのだ。地球には存在しないような、奇妙な違和感を。


 が、脱線しそうなので詳しくは語らない翔。天使だから別世界の存在も知っている、とか言っても信じてもらえるかは分からない。

 それに何かを察したのか、男性はそれ以上は迫らなかった。


「あなたの言う通り、私はこことは別の世界から決ました。ザウマスと申します」

「俺は翔だ。それで、異世界からはるばるどうしたんだ?何か困ってるみたいだが」

「ああそうでした」


 ザウマスと名乗った男性はポケットから小さな紙きれを取り出して、翔に手渡した。

 そこには幾何学模様が……いや、よく見るとそれは人間の顔だった。まるで幼稚園児が描いた似顔絵のようだ。


「なんだコレ」

「私が探している、あるお方の顔です。頑張って描いてみたのですが、あいにくと絵画の教養は積んでおりませんのでこの出来が限界でした……」

「いや絵画っつーか一周回って芸術っつーか……まあいいか」


 似顔絵のクオリティは置いておいて、話を聞く翔。


 ザウマスの話によると、異世界からやって来たという彼は同じ世界で共に旅をしていたある人物を探しているらしい。いろいろな情報を元に、その探し人がこの世界に来たのだと分かったそうだ。

 ちなみにその探し人は、元居た世界で一度死んでしまい、その記憶を持ったままこの世界に転生してきたらしい。


 どうやってその情報を手に入れたのかは謎だが、そこまで分かるのなら居場所くらい突き止められるのでは、と聞いてみると、


「本当ならばあのお方の御力を辿ればよい話なのですが、この世界に渡った際に私の今までの力は失われ、今やそれすらもかなわず。あのお方―――勇者様の後を追ってこの世界に来たというのに、まったく情けない話です……」


 と微妙に落ち込んでいるご様子。彼にもやむを得ない事情があるようだ。


「ん?勇者……?」


 ふと、翔は最近聞いた事のある単語に思考を巡らせた。

 最近始めたゲームにも出て来ていたが、現実でも聞いた事があった。確か同じクラスの死神が、クラスマッチで戦った相手がそういう感じの存在だったと言っていた気がするのだ。

 だが翔が直接会ったわけではないし、居場所や連絡先などは知るはずもない。


「だけどまあ、放っておくわけにはいかないよな」


 ザウマスにも聞こえないような小さな呟きをもらすと、背中に大きな翼を生やした。


「一応あてはある。とりあえず俺も協力するから、正午にこの場所で集合だ」


 そう言い残すや否や、翼をはためかせて飛翔した。

 この世界の人間は空を飛べないと思っていたザウマスはその姿を見て唖然としていたが、すぐに我に返り、敬愛する勇者様探しを再開した。

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