第33話 人美クッキング
学生の夏休みはひと月以上もある長いものだが、大人たちはその限りではない。
それは人美の両親も同じで、平日の昼食はいつも人美と妹の
料理の出来ない姉妹なので、いつもは母親が作り置きしてくれてたり、外に食べに行ったりする。
だが、今日はそのどちらでもなかった。
「今日はお姉ちゃんが腕によりをかけてご飯を作っちゃいます!」
「お
「その通り!」
「なんで自信満々なの」
ソファーの背もたれにあごを乗せて、キッチンにいる人美と向かい合う糸美。
自分も人の事を言えたものではないが、姉の突飛な思いつきと出来心だけで今日の昼食が無くなるのは困るので、ここは引けないとばかりに抗議の視線を向けた。
「そもそもお姉ぇが作らなくても昼ご飯あるんじゃないの?」
「今日は私が作るからって母さんに言っといた。だから作らなければありません!」
「なんてことを……」
変な所で行動力のある姉に、糸美はため息をついた。
「じゃあカップ麺にするね。お姉ぇはカレー味でいい?」
「ちょい妹よ!お姉ちゃんが作るって言うのに何故カップ麺を取りに行く!私の味はインスタント以下なのか!」
スタスタと戸棚の方へ歩いて行く糸美の肩を人美がガシッと掴む。
そんな糸美は、あからさまに顔をしかめる。
「だってお姉ぇがこの前作った
「食べ物を暗黒物質呼ばわりするのはやめなさい。お姉ぇの心とハンバーグの材料が可哀想」
人美はこの前料理に挑戦して見事に失敗した事を思い出してうつむくが、すぐに勢いよく顔を上げた。
「だけど大丈夫!今回は人美クッキング夏休み編という事で、スペシャルなゲストを呼んでいます!」
「夏休み編って、この企画シリーズ物なの?」
妹のそんな言葉は受け流し、人美はリビングのドアを開けた。
「ゲストの方、どうぞー!」
「そんなテンションだと凄く入りにくいのだけれど」
そんな困惑の声と共に現れたのは、人美の友人の
姉の友人として何度か会った事のある糸美は、その姿を見て思わずため息をはいた。
「お姉ぇ、また真季那さんに迷惑かけて……いつも愚姉がすみません」
「いいのよ糸美ちゃん。慣れてるから」
「お姉ぇも真季那さんの優しさに甘えちゃだめだよ」
何故か人美が説教をされる展開になっていた。
人美はその流れを断ち切るべく、真季那を強引にキッチンに連れていき、エプロンを手渡した。
「数多の料理データを記憶しているらしいマキに手伝ってもらえば、私でも美味しい料理ができるはず!」
そう言って着々と準備を進めていく人美。キッチンにフライパンや鍋やミキサーなど様々な道具が並んでいく。
そんな人美に、真季那は待ったをかけた。
「ちょっと人美、何を作るつもりなの?」
「まあ簡単に、野菜炒めかな」
「じゃあそのミキサーと大きな鍋と泡だて器は仕舞いなさい」
料理の腕以前に使う道具の区別から教えなければ、と真季那は額に手をあててため息をつく。
先行きが不安でしかない中、人美クッキングは始まった。
* * *
真季那は、ニンジンを切り始めた人美の手元を眺めながら、意外そうにつぶやいた。
「へえ、包丁の使い方は思ってたより酷くないわね。まあ危なっかしいのはやっぱりだけど」
「……つまり?」
「そこそこにひどいって事」
「ひどい!」
人美はそう言いながら、不揃いながらも適度な大きさに野菜を切っていく。
「火をかける前に野菜と油を入れて、全体によくなじませるのよ」
「こんくらいかなー?」
「油がなじんだら最初は弱火で炒めて。急激に加熱すると細胞が壊れてしまうから、ここで一気に強火で炒めるのは駄目よ」
「な、なるほど……?」
理屈はよく分からないが、脳内メモにしっかり記憶する人美。
弱火で野菜を炒め、2~3分に1回ほど上下を入れ替えるように混ぜる。常に混ぜると熱が逃げてしまうので注意。思った以上に細かい指示に戸惑いつつも、人美は調理を続けていく。
「にんじんに火が通ったら、塩を振って2分炒めて味をなじませる。最後にしょうゆとごま油とコショウをくわえて、強火で20秒ほど炒めると香りが立っていい感じになるわ」
「なるほど、完全に理解した!」
「分かってないわね」
人美の作る野菜炒めは、真季那の助言をもらいながらも順調に完成へと近づいてきた。
隣でお米を炊飯器にセットしていた糸美は、フライパンの中の野菜が暗黒化していない事に驚いていた。
* * *
「できたよー!!」
やっとの事で完成した野菜炒め。
見た目はやはりレシピ本の写真のようにとはいかないが、食べられそうな見た目をしている時点で、人美的にはかなりの進歩だと思っている。
さっそく食べてみる事にした。
「うーむ……マズくはない。でも美味しいってほどでもない」
自作野菜炒めは微妙に水っぽかった。
真季那に言われた通り作ったつもりなのだが、こればっかりは経験不足である。数をこなすのも上達の秘訣だ。
「でもやっぱり、この前のダークマターに比べたらかなりの進歩だと思うよ。私もお姉ぇに負けてられないかも」
「おや、嬉しい事言ってくれるじゃない」
妹の賛辞に、嬉しそうに頬を緩める人美。なんだかんだ仲の良い姉妹で何よりだ、と真季那は1人でうなずいていた。
「お姉ぇ全然女子力無かったからこのままじゃ結婚できないかもって思ってたけど、何とかなりそうだね」
「別にそこ目的としてるんじゃないけどなぁ。まあ出来なかったら養ってね、マキ」
「何故こっちを見るのかしら」
ご飯を必要としないため、先にフライパンなど調理道具を洗っていた真季那は、人美のそんな言葉にジト目を向ける。
女子力を上げるためにも、最低限料理は作れるようになろう。
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