第26話  可愛いは正義。これは絶対の真理である

 ついに始まろうとしている今クラスマッチ最後の試合。

 初参加ながら着々と勝ち進んでいた一年二組チームも、来たる決勝戦に緊張していた。……約二名を除いて。


「決勝戦は二年の先輩方ですか。勝てるでしょうか」


 短い黒髪の背の小さい少女は、そう言いつつも勝つ気満々で相手を観察している。

 彼女の名は美菜央みなお彩芽あやめ。裏社会では『日本最強の殺し屋』なんて呼ばれている彼女は、その仕事によって培った無駄のない動きと鋭い観察眼でこのチームを決勝まで導いてきた。


「あっちにもすげぇ動きのセンパイがいたからな。こりゃ面白くなりそうだぜ」


 そしてもう1人、決勝前にもかかわらず気楽そうに笑う少女がいた。

 腰まで伸びた長い白髪に赤い瞳をした、彼女の名はエンデ。いわゆる死神という存在なのだが、別に誰かの魂を刈りに来たわけでもないし、そんな事はしていない。職務に怠慢なカミサマだった。


「確かあの赤い髪と青い髪の先輩でしたよね。エンデさんと同じ神様なんでしょうか」

「いやぁ違うと思うぞ。ただの人間ってわけでもねぇだろうがな」


 当たり前のように超次元サッカーをしていたあの2人は要注意だ、ともはや参加者全員が思っている事を今一度口にするエンデ。

 彼女も彼女で、ボールをノーバウンドで10メートルは蹴り飛ばしたり残像が残るレベルの高速移動をしたりと人の事は言えないのだが。


「そういうオマエこそ、なかなかにニンゲン離れした動きだったがな」

「そうですか?『仕事』をする時はいつもあんな感じですが、何かまずかったですかね」

「いやまずいっつーかなんつーか……」


 彩芽は職業がら仕方ないのだが、どうしても他人に触れられるのが苦手だったりするのだ。なので今日の試合は一度も相手に触れられる事無くディフェンスをかわし続けていくという、まさに人間イライラ棒状態だった。


「とてもオレには真似できねぇなあれは」

「おや、初めて会った時に私の攻撃を全部避けたのはどこの死神さんでしたっけ」

「あー、あったなそんな事も」


 彩芽がエンデと初めて会った時、突然家に現れたエンデを敵対組織の刺客だと彩芽が勘違いして、攻撃してしまったという出来事があった。そしてその時、エンデは日本最強の殺し屋の攻撃をことごとく躱していた。普通の人間相手には間違いなく『必殺』のはずの攻撃を。


「また懐かしい話出してきたな」

「まだあれから一年も経ってませんですよ」

「あれ、そうだったか?」


 言い換えれば、彼女らが出会ってからまだ一年も経ってないと言う事にもなるのだが、そんな事を笑いあって話す今の2人には、そんな雰囲気は感じられなかった。



 そしてその会話を後ろから聞いている者がいた。同じクラス、同じチームの同級生たちだ。


「彩芽ちゃん、また笑ってるね」

「いつもは真顔なのにエンデと一緒だと笑うよな、あいつ」

「いいなぁー私も彩芽ちゃんとキャッキャウフフしたいなー」

「それは表現が違うと思う」


 彩芽本人は知らない事だが、彼女はクラス内では密かに人気者なのだ。『普段は笑わない少女がふとした時に見せる笑顔、そのギャップがたまらないと私は思うんですよねえーうんたらかんたら』というギャップ萌え愛好家のクラスメイトの発言が始まりとなり、今やマスコット的人気を博していた。


 ……そして本人が聞いたら怒りそうな話だが、背が小さいというのも可愛いと言われる理由の一つだったりする。


「と言うかお前、彩芽の斜め後ろの席だったよな。話しかければいいのに」

「だめだよ!ちょっと会話とかして仲良くなってあわよくば一緒に帰ろうなんて下心丸出しで近づいたら嫌われちゃうよ!そしたら私は心臓を正常に動かし続けられる自身が無いよ!?そもそも美しい花というのは遠くから愛でるのが正しい接し方なのであって無理に触ろうとするのは駄目なんだよ!往々にして美しさとは儚さを兼ね備えているものであってそこにいらぬ介入をすれば―――」

「分かった、わかったから落ち着け。怖い」


 2人がそんな事をぎゃあぎゃあと話しているうちに、いつの間にか当の彩芽が近づいてきた。


「そろそろ試合が始まるみたいなので、準備をお願いしますです」

「は、はいっ!」

「何故敬礼するんですか?」


 思わずビシィ!と背筋を伸ばして敬礼をする女子生徒。そんな彼女に首をかしげながらも彩芽はエンデと共に配置に着いた。


「見た今の!?首をかしげる仕草!可愛い!よーし、彩芽ちゃんのためにも絶対勝つよ!!」

「俺はお前が怖い……」


 統率とかやる気とかは正直あるのかよく分からないチームだが。約一名、彩芽がその中心にいる限りは負けそうに無い存在が確かにいるのだった。

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