第14話 箱庭の戦争
高校に入って初めての期末試験。1学期の間で学んだ知識を総動員しなければ倒せない難敵が中間試験以上の数が存在する、まさに夏休みへの行く手を阻むラスボスだ。
いつも授業を受けている教室も、この時は最終決戦の戦場へと姿を変える。声を発する者は一人もおらず、皆それぞれ頭と手を必死に動かして戦っている。……おそらく、彼女だけを除いては。
(ああもう駄目だ何も分かんない……)
用紙を射抜かんばかりの眼力で睨み付けている
(……まあ、高校の英語がこんなに難しいなんて予想外だったからね。今回は仕方ないよ。次のテストから頑張ろう)
早速心の中で誰に向けるでもない言い訳を始める人美。残り時間ギリギリまで粘るという考えは無いらしい。
しかし数分ぼーっとしていると、どうにも落ち着かなくなってきた。皆が一生懸命に回答を埋めているのに、自分は何もしていない。その事が漠然と不安を煽るのだ。
(やっぱり諦めきれないよね。あまりに点がひどいとお母さんにも怒られそうだし)
時間は残り20分。普通に解いていればまず余るはずの無い時間。これをいかに活用して1点でも多く稼ぐか。それが今の人美が考えるべき事だ。
(よし、カンニングしよう!)
僅か数秒で最低な手段を思いつく人美。プライドはおろか良心の呵責などカケラもない彼女だった。
(と言っても、あんまり横を向くと先生にバレるしなぁ。高校の試験は消しゴムとか落としても自分で拾っちゃ駄目らしいし、拾いながら一瞬で盗み見る作戦も使えない……困ったぞ)
周囲から聞こえる紙の上をシャーペンが滑る音を聞きながら、人美は割くべきところじゃない事柄に思考を割いていた。
(こんな時、サキみたいに超能力を持ってたらカンニングし放題なんだけどなぁ。羨ましい)
人美から見て右斜め前の
(それかソラっちの呪術でもカンニングできそうかも。何かないか聞いとけばよかったな。まあくれるかは別として)
才輝乃の隣の席で爆睡している
きっとカンニングする事すら面倒臭がって、普通に書ける所だけ書いて寝たのだろう。真面目なのかそうじゃないのか分からない。ちなみに試験中なので、いつもは授業中に寝ている空を起こす才輝乃も、今ばかりは彼を起こすことは出来ない。
(私もソラっちに呪術教わろうかなぁ……いや、どのみち勉強しないといけないならいいや)
空は独学で呪術を覚えたという。面倒臭がりでいつもやたら眠そうな彼だが、呪術の勉強だけは自分からはりきってやるのだ。人美は自分が呪術の勉強をしている所を想像して、すぐにやめた。
勉強が面倒臭いからカンニングするのであって、そのために勉強するなんて本末転倒もいいところだ。誰だって努力せずに結果が欲しい。人美はそんな怠惰な思想を地で行っていた。
少し離れたところにいる
(結局いいカンニング方法も分からないまま残り10分だし……あーあ、いきなり学校が爆発してテスト終わんないかなぁ)
そんな物騒な事を考えていた直後のことだった。
突如教室が大きく揺れ、耳をつんざくような爆発音が響き渡った。窓から見える校庭から、土煙が狼煙のように上っている。
「……へ?」
何が起こったのか分からない。まさか自分の考えた事が現実になってしまったのか?
人美が密かに冷や汗をかき、教室内もざわつき始めた時、試験官役の教師が説明をした。
「あー、そういえばこの時間は外で
友人の真季那は超高性能美少女型ロボット。スーパーコンピューターにも引けを取らない彼女には高校の試験など必要ないので、この時間を使って性能試験をしているのだ。
真季那本人は「勘弁して欲しい」と嘆いていたが、彼女には博士のロマンのためだけに搭載された兵器ユニットが多数存在する。きっと今頃は博士と共にそのテストをしているのだろう。
いきなりの爆発に驚いたクラスメイトたちだが、その原因が真季那の性能試験だと分かると、どんなものなのか見てみたいという興味が湧いて来たのだろう。皆が窓の外に視線を向けている。試験中にも関わらず、今にも立ち上がりそうだ。
(……うん?ひょっとして今がチャンスなのでは?)
友人のトンデモ性能を日常的に見ている人美はさして驚きもしなかったが、皆が窓の外に意識を向けているこの状況を再認識し、ふと思いついた。今ならこっそりカンニングできるのでは、と。
人美はクラスメイトと同じように窓の外に視線を向けるふりをして、隣の生徒の解答用紙をちらりと覗き込む―――
「ぎゃわ!」
突如目の前で閃光が走り、人美は思わず身を引っ込めた。
(い、今の何……!?)
何が起きたのか分からない人美は、周囲へ視線を巡らせた。幸い教師には見られていないようだが、今の人美はカンニングを疑われるぐらい挙動不審だった。実際カンニング未遂を働いていたのだが。
ふと目が合ったのは、顔をわずかにこちらへ向けている才輝乃。彼女は人美と視線が合うと、小さく首を振った。
―――カンニングは駄目だよ。
テレパシーでもないのに、彼女の意図は鮮明に読み取れた。
(今の……サキの超能力か!くそう、もうちょっとで見れたのに!)
やがてクラスメイトたちも残り時間が少ない事を思い出しはじめ、皆の視線は再び机へと落ちる。正義のエスパーによって完全にタイミングを逃した人美は、カンニングに失敗。数日後に返された答案用紙は、当たり前のように赤点だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます