第15話 勇魔の攻防

 いよいよ始まった期末試験。

 赤点を取った者は夏休み最初の1週間が補習期間となるため、この試験はまさに夏休みをかけた戦いの場なのだ。


(ぐぬぬ……さっぱり分からんぞ……)


 そんな期末試験はやはりと言うべきか、その問題は難しい。それは学年が違えど同じ事であり、元魔王の二年生、星海せかい 摩音まおもその問題の難関さに嘆いていた。


(見栄を張らずに唯羽ゆうの奴と試験勉強すればよかった……って、弱気になるな摩音よ!我はまだ負けた訳ではない!)


 最後まであきらめずに頑張ろうとする姿は、さすがは前世で魔王をやっていただけある。よく言えばその諦めない心、悪く言えばその往生際の悪さに惹かれて、かつては大勢の部下を従えていたものだ。


 と、そこで摩音は試験を確実に突破できるいい方法を思いついた。たったひとつの冴えたやりかたを。それは。


(唯羽の回答を見る!!)


 ただのカンニングである。やってはいけない不正行為だが、彼女は魔王。不正などやってなんぼである。


 さっそく摩音は左斜め前の席で問題を解いている、勇弥いさみ 唯羽ゆうの背中を見つめる。彼は確か、かなり成績が良かったはずだ。

 そして魔王として無数の魔法を使える摩音にとっては、対象の視界を乗っ取って回答を見るなど造作もない。


(さあ、見せてもらうぞ!)


 摩音は自身の右眼を手で覆い隠し、左目で唯羽の背中を見る。そして脳内で念じると、唯羽の見ている景色が右眼に映し出されて……


「ぐぎゃあ!!」


 突如、右目に弾けるような痛みが走り、摩音の悲鳴は声に出てしまった。


「どうした星海、腹でも痛いのか?」

「い、いやなんでもない……」


 教卓でぼーっとしていた担任教師の言葉にぼんやりと返しながら、摩音は右眼をさする。

 唯羽の見る景色は見えなかった。あの痛みによって魔法が発動しなかった……いや、魔法が打ち消されたのだ。


(我の魔法を発動前に打ち消すなんて頭のおかしい事が出来るのは、世界であいつしかいない……!)


 摩音はその存在の背中を睨み付けた。それは左斜め前。ついさっき摩音が答えを覗き見ようとした相手、勇弥唯羽である。

 彼の前世は摩音と同じ世界の勇者であり、全ての魔法を打ち消す聖なる力を宿している。そして摩音同様、前世での力は生まれ変わったこの体でも使用可能である。


 そんな彼は摩音が魔法を使ってカンニングする事を想定して、あらかじめ教室で魔法が使えなくなる簡単な結界を張っていた。前世からの付き合いなのだ。全てお見通しである。


(くそう邪魔しおって……!)


 もくろみが失敗に終わり、悔しそうに唯羽を睨む摩音。すると結界が反応した事で気が付いたのか、それとも摩音の視線に気が付いたのか、唯羽は首だけを傾けて摩音の方へ振り返った。

 摩音を見るその目は、カンニングは駄目だよ、と優しく告げているようだった。それがかえって摩音の神経を逆なでしたようで、摩音はあいつには絶対負けない、と試験問題とのにらめっこを再開させた。




     *     *     *




 今日の分の試験が終わり、テストどうだったーだの明日もだるいなーだのこんな試験は壊してしまえーだのと様々な話に花を咲かせる放課後。

 摩音は唯羽につかみかかる勢いで、いや、実際につかみかかって抗議した。


「おい唯羽!なぜ我の野望を邪魔した!数学だけは落としたくないのに……!」

「うーん……魔王の野望を阻止するのが勇者の役目だから、かな。落としたくないんだったら勉強しなきゃ」

「ぐぬぬ」


 至極真っ当な事を言われ、低く唸る摩音。前世でも、幾度となく計画したそれなりに邪悪なたくらみは、全て勇者によって阻止されたものだ。そんな昔の事を懐かしそうに思い出す唯羽の腹に、摩音はポカポカと拳を叩き込む。


「我が赤点とって夏休みが減りでもしたら、どうしてくれる!」

「分からない所が復習できていいじゃないか」

「今はそういう話をしてるんじゃないわい!」


 結構強めに拳を入れ続けている摩音だが、唯羽は別段痛がりもせず、その顔にはいつも通りの笑みを浮かべていた。

 摩音はかなり大きな声で騒いでるため教室にいるクラスメイトにも当然聞こえてるのだが、彼らは特に迷惑に思う事もなく「ああ、いつものか」みたいな顔で、摩音と唯羽を微笑まし気に眺めていた。


「じゃあ摩音が補習組になっちゃったら、僕も一緒に行ってあげるよ。一人よりかはいいだろ?」


 元々唯羽はカンニングを阻止しただけで何も悪い事はしていないのだが、それでも彼は嫌な顔一つせずそう言った。


「え、でもそれじゃあお前の夏休みが無駄に減るぞ……?」


 自分で騒いでおきながら、少し申し訳なさそうにそう言う摩音。


「そう?僕としては、摩音と一緒の時間ならどこでも無駄じゃないと思うけど」

「なっ……」


 さらりとそう言う唯羽に、摩音は思わず顔を赤らめる。


「それに、夏休みの補習っていうのも楽しそうじゃない?」

「……い、今はそういう話をしてるんじゃないわ……」


 ぷいっと赤くなった顔を背けて、そそくさと歩いていく摩音。そんな彼女に苦笑しながらも、唯羽は摩音を追って教室を出ていった。


 爆発四散しやがれ、というようなクラスメイトの―――主に男性諸君らの視線には、あえて気づかないふりをしながら。

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