第12話 夏の人類選別

「ぐふぁ……あっつい……」


 7月に入ってすぐ、異様なスピードで気温が上がり、人美ひとみは早くも扇風機のお世話になっていた。

 今日も午前中からなかなかの暑さである。部屋の窓を全開にして、扇風機も強めに。これでようやくいつも通りに動くことができるぐらいだ。


「ついこの前まで温かいくらいだったのに……。地球の気温調節バグってない……?」


 ベッドで寝転がるのも暑いので、床に寝ころびながらそうぼやく人美。床ひんやりしてる……などと言いながらぶかぶかのTシャツを着て寝転がる姿は、とても花の女子高生とは思えない。


「夏はこれからだってのに、こんなんじゃだめだよね……!」


 よっこらせと身を起こし、簡単な外着に着替える。

 今のままぐったりしていれば無駄に時間が過ぎ去ってしまう。そうやって休日を無駄にするのはよくないと思い、とりあえずコンビニにでも行くことにしたのだ。


 階段を降りて玄関に向かう途中、リビングでテレビを見ている妹とふと目が合った。中二の妹は人美ほど暑さに弱いわけではないが、ソファーに寝転がってテレビを見ているだらしない姿は姉そっくりだ。


「ん、どっか行くの?」

「まあちょっとね」


 人美が適当にそう答えると、呼詠妹はテレビのリモコンをびしっと人美に向けた。


「さては美味しいものでも食べに行く気だね?ずるい」

「いやコンビニに行くだけだし……」

「そう。んじゃアイス買って来てよ」


 あっちはもう空っぽだよ、と冷蔵庫の方に視線だけ向けて示す妹。しかしよく見るとリモコンを持ってない方の手にはすでに食べかけのアイスが。


「朝から何個食べる気なの」

「ダメ……?」

「……分かったよ買うよ」


 妹に上目遣いで頼まれては断れるはずがない。なんだかんだ言って妹に甘い人美だった。




     *     *     *




「うわぁー、やっぱり外もあつい」


 なかなかに強い日差しを浴びながら、帽子か何かかぶってくればよかった、と後悔する人美。夏は始まったばかりだというのに、張り切りすぎな太陽である。

 人美は足早に道を進み、すぐ見えて来たコンビニに避難する。


「すずしー」


 冷房が効いた店内は、灼熱の外を歩いた者にとってのオアシスだった。少々強めな気もするが、じきに外はもっと暑くなってくるのだしこれくらいがちょうどいいのだろう。


 特にコレと言って用があったわけでもない人美は、アイスやお菓子でも見る事にした。そう店内を見渡すと、ふと視界に見覚えのある姿が入った。

 私服姿は初めて見るが、首に下げた金の十字架を見てすぐに彼女だと気が付いた。


「やっほーイノリん。奇遇だね」

「ひ、人美さん!?」


 驚いた様子で振り向く彼女は、最近仲良くなった一愛いのりだった。ちなみにイノリんとはこの前一緒に帰った時に付けたあだ名である。


 思わず上ずった声で返事をしてしまった一愛を見て、急に声をかけるのは悪かったかな、と思った人美だが、当の一愛は休日に人美に出会うというゲリライベントに嬉しさ半分驚き半分、という感じであった。


「イノリんも暇してるの?」

「あ、はい。先ほど公園の清掃が終わったところですので、今は暇ですね」


 さらりと公園の清掃と言ったが、この気温の中ではかなり大変だっただろう。それなのに休日までもボランティア活動に勤しむ一愛に、人美にはさすがだと言わざるを得ない。

 むしろボランティア活動など何もしていない自分が少し情けなく感じるまであった。


「イノリん、いつもありがとう」

「え、ええ?」


 綺麗な地球で生きていけてるのは一愛のようなボランティア清掃をしてくれる人達のおかげだよ、と一愛の肩に手を置いて大袈裟な事を言う人美。急にそんな事を言われて驚く一愛だったが、そう言われて悪い気はしない。

 言ってくれたのが人美なので、むしろ嬉しかった。きっと私はこのために清掃をしていたんだ、と思ってしまうほどには嬉しかった。


 そんな会話を交わしながら、2人はアイス売り場にやって来た。それほど大きくないコンビニだが、アイスコーナーにある商品はなかなかのバリエーションだった。


「んー、これでいいかな」

「そ、それは……」


 人美が何気なく手に取ったのは、ガリガリ氏ピザミックスホワイトシチュー味。あまりに奇妙奇天烈極まる味で、好みがバッサリ別れる様を表して付いた通称は『人類選別味』である。


(人美さん、あれ食べれるんですね……)


 その味の評判をあちこちから聞いていた一愛は、半ば驚愕しながら人美を見ていたが、


(そういえば私も食べた事ありませんでしたね。もしかして美味しいのでしょうか……。食わず嫌いは良くありませんし、何より人美さんが食べるのであれば、私も食べられるようになりたいです!)


 そんな考えを巡らせ、一愛もガリガリ氏ピザミックスホワイトシチュー味を手に取った。

 そしてそれを見て、今度は人美が驚く番だった。


(イノリん、あれ食べられるんだ……)


 人美がピザミックスホワイトシチュー味を選んだのは、妹がこういう珍妙な味を好むからである。人美自身は食べたことも無い。

 だが、一愛がそれを取ったのを見て、人美の心は揺らいだ。


(もしかしてコレ、美味いのか……?ちょっと買ってみるか)


 そうして人美は、自分用にもう一つ買った。


 支払いを終えた2人はコンビニの近くにあったベンチに座って、さっそくピザミックスホワイトシチュー味を食べてみたのだが、


「ぐはっ……」

「う……」


 2人そろって人類選別には耐えきれなかったようだ。

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