第26話 大きすぎる犠牲

「どうなっとるんじゃ、これは……」


 魔法学園の外れにある森の中へやってきたゴーリィは、そこの惨状を目の当たりにして呟く。

 木々はなぎ倒され、地面は抉れ、辺りには瓦礫が散乱している。


 一体何があればこの短時間でこれほどの被害が出るのか、ゴーリィは想像できなかった。


「本当にカルスはこっちに来たのか……ん?」


 瓦礫の山を歩くゴーリィは、ある人物を見つける。

 それは魔術協会の長、エミリアであった。彼は転がっている瓦礫の上に腰を下ろしていた。その様子はどこか生気が抜けたように感じる。

 いつも無駄に自信満々な彼にしては珍しい。一体何が起きたのかとゴーリィは一層警戒を強める。


「ここで何をしておる」

「……ああ、ゴーリィか」


 振り返ったエミリアの顔は少しやつれている様に見えた。

 何かショックを受けることがあったようだな、とゴーリィは推測する。


「もうそっちの戦いは終わったのかい」

「ああ、魔の者は全て我らが倒した。お主の出る幕はもうないぞ」

「そうかい」


 エミリアは興味なさそうに呟く。彼の視線はこの惨状の中心地点である大きな陥没穴クレーターに向く。よほど大きな魔法でも放たれたのであろうか、ゴーリィはその陥没穴クレーターから強い魔力を感じた。


「おい、カルスはこっちに来なかったのか?」

「来たさ。まあもういないけどね」

「どういうことじゃエミリア。カルスはどこに行った」


 ゴーリィはエミリアに詰め寄る。

 するとエミリアはここで何が起きたのかを正直に話した。普段であればはぐらかしていたかもしれないが、カルスが消えたことは彼にとっても誤算であり心の余裕がなくなっていた。


「――――ということがあったのさ」


 全てを話したエミリアは「はあ」とため息をつく。彼は今日この日のために様々な策を弄していた。しかしそれも全て徒労に終わってしまった。

 これからどうするべきか。そう考えていると、ゴーリィが唐突にエミリアの胸元を掴み、詰め寄る。その力はとても老人のものとは思えないほど強かった。


「貴様ッ! そこまで堕ちたかエミリア!」

「……なんだい急に。別に私があの子を消したわけじゃあないだろう。むしろ助けてあげようとしたというのに……馬鹿な子だよ」

「黙れ! 貴様がカルスを語るな!」


 ゴーリィは右の拳を握りしめ、思い切りエミリアの顔面を殴りつける。

 エミリアの小さな体はごろごろと地面を転がり、止まる。鼻の骨が砕けたのかその鼻からは血がだらだらと流れ落ちる。


「……痛いじゃないか」

「あの子の痛みに比べたらその程度の痛みなんでもないわ! カルスはみなの為に自分を犠牲にしたのじゃぞ!? それなのに貴様は自分のことばかり……恥ずかしくはないのか!」

「下らないね。人は自分の為にしか生きることはできない」


 エミリアは立ち上がり、パンパンと服についた土を払う。

 そして鼻を拭うと、流れ落ちる血がピタリと止まる。


「興が削がれた。私は帰るよ」

「好きにせい。二度とその面を見せるでないぞ」


 エミリアはその言葉に返事をすることなく、去る。

 一人残されたゴーリィはその場に力なく膝を付き、消えてしまった弟子のことを思いながら慟哭するのであった。



◇ ◇ ◇



 ――――王都ラクスサス、王城内。

 大きな円卓が鎮座するその部屋には、国王ガリウスと二人の王子が集まっていた。


 武闘派の第一王子ダミアンと、知略派の第二王子シリウスだ。

 魔の者の襲撃事件を現場で目撃し、戦闘の指揮を取ったダミアンはガリウスとシリウスにその報告をしていた。


 事件から既に二日立っており、被害状況は把握されている。

 負傷者は大勢出たが、奇跡的に死者は出ず魔の者の情報が外に漏れることもなかった。


 唯一黒竜になった魔の者は多くの民の目に触れてしまったが、竜の姿をしていたことが幸いし、民には竜が襲撃したのだと思われていた。

 しかも王国の伝説に残っている白竜が現れ、その黒竜を倒したところを民は見ていた為、怖がるどころか興奮しているものが多くいた。

 その為白竜が出た日を『白竜記念日』にしようというものまで現れる始末だった。


 だがこの状況であれば他国が攻め入ってくることはないだろう。魔の者の情報規制は上手くいったといえよう。


 だがそのことはガリウスもシリウスももう聞き及んでいる。

 今この場で話されているのは、公の場では話せないある人物・・・・のことだった。


「――――以上が報告の全てです」

「そうか……」


 ダミアンが報告を終えると、ガリウスは力なくそう呟く。

 魔の者出現から心労が続いたためか、彼の顔の皺はいつもより深くなっているように感じた。


 そしてもう一人、ダミアンの報告を聞いたシリウスは席から立ち上がりダミアンに近寄る。そして突然彼の襟を掴み、ものすごい形相で彼に詰め寄る。


「貴様がついていながら何をやってるんだ! なぜカルスを助けてやらなかった!」


 カルスは、消えた。

 生徒に行方不明者が出たということで、学園、王都、近隣の森などに捜索隊が派遣されたが、見つかる気配はなかった。


 カルスが最後に目撃されたのは学園内でももっとも被害の多かった場所だ。捜索にあたっている者ももう彼は亡くなっているものだと思っているだろう。


「私は貴様を許さんぞダミアン。せっかく普通の生活を送れるようになったカルスを、貴様は見殺しにしたんだ。それをむざむざと見殺しにして……!」

「……返す言葉もない。全て俺の落ち度だ。いくら恨んでもらっても構わない」

「貴様っ!!」


 シリウスは拳を振り上げ、ダミアンを殴ろうとする、すると、


「よしなさいシリウス。ダミアンは自分の職務を全うしたんだ」


 ガリウスがそれを叱責する。

 魔の者と戦闘中、ダミアンは騎士たちを率いて前線で戦い続けた。もし彼らの奮闘がなければ魔の者は街に溢れ、多くの市民がその餌食になっていただろう。


 ダミアンは自分に課せられた職務はきっちりと全うした。シリウスもそのことは理解している。

 しかしそれでもこの怒りをぶつけずにはいられなかった。それは運悪く王都にいなかったせいで戦うことすら出来なかった自分に対する苛立ちも多分に含まれていた。


「くそっ!」


 シリウスは収まりのつかない気持ちを机にぶつける。殴った手にジンと痛みが残る。

 ガリウスはそんな彼から視線を外し、ダミアンを見る。


「カルスがどこへ行ったかは、予測はついているのか?」

「それはまだ分かりませんが、調べる方法はあると聞きました。その件について説明できる人を呼んでいますので、部屋に入ってもらって大丈夫でしょうか」

「ああ、構わない」


 ガリウスの了承を得たダミアンは、部屋の外に待機させていた人物を部屋に招く。

 その人物はガリウスもよく知っている人物であった。


「お久しうございます。陛下」


 帽子を脱ぎ、胸元に置きながらその人物は一礼する。

 立派な白いひげを蓄えたその人物の名前はゴーリィ・シグマイエン。彼はカルスが消えるに至った経緯をダミアンに報告した人物だった。


 セシリアとも面識がある彼は、彼女からも話を聞いた。そのおかげで白竜ライザクスのことや、地下で起きた出来事のことも知っており、その事は既にダミアンに報告していた。


 ゴーリィは挨拶もそこそこに本題には入る。今は少しでも時間が惜しかった。


「カルスのいる場所を調べる準備は既に進めております。その件でお願いしたいことがございます」

「なんだ? 申してみよ」


 ガリウスの了承を得たゴーリィは、提案をする。


「カルスの捜索隊を結成し、それを指揮する権利をいただきたく思います」

「既に捜索隊ならある。それの指揮権を譲るではいけないのか?」

「はい。人員の厳選から捜索方法の決定まで全てやらせていただきたい」


 真剣な面持ちでゴーリィは言う。

 しばらく考えた後、ガリウスは「分かった」と首を縦に振る。


「予算及び責任は私がなんとかしよう。私の愛する息子をどうかよろしく頼む」


 ガリウスはそう言って頭を下げる。

 公式の場では国王が頭を下げることはあってはならない。しかしここは非公式の場、ガリウスは子を愛する一人の父親としてゴーリィに頼み込んだのだ。


 その意を汲んだゴーリィは、深く頭を下げ力強く言う。


「お任せ下さい陛下。必ずやご子息は私が見つけます」


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