第25話 覚悟
突然現れ不吉なことを言うエミリアさん。
この人の言うことなんて無視した方がいいのかもしれないけど、この人が魔法や魔術のスペシャリストなのは事実。話だけでも聞いておいた方がいいかもしれない。
「無事じゃ済まないというのはどういうことですか?」
「言葉の通りさ。あの次元魔法……まああれは魔術と言った方が正しいんだけど、魔法と仮称しよう。あれは爆弾みたいなものさ。導火線に火がつき爆発するのを待つだけの状態だ。それを君は体で覆って周りへの被害を防ごうとしている。確かにそれなら周りへの被害は防げる、だけど爆発をゼロ距離で食らった君はどうなると思う? まあ悲惨な結果になるのは目に見えているよねえ」
くく、とエミリアさんは笑う。
なんでこの状況で笑ってられるんだろうか。この魔法が発動したらどれだけの被害が出るのか分かっているんだろうか。
「じゃあこのまま放っておけと言うんですか?」
「まあ落ち着きたまえ。確かに君ではそのような方法しか取れないだろう。だけど……私なら違う」
エミリアさんは得意げな顔をして言う。
「私は次元魔法には造形が深い。この大陸全土を探しても私以上に次元魔法に詳しい者はいないだろう」
「……何が言いたいんですか」
「つまり私ならこの次元魔法を止められる、と言っているのだよ。なんの犠牲も出さずにね」
にやりと笑うエミリアさん。
プライドの高いこの人がここまで言うんだ。言っていることは嘘じゃないんだと思う。だけど、
「タダではやってくれない、ということですか?」
「くく、話が早くて助かるよ」
そうか。この人はこの時を待っていたんだ。
僕が自分の力でどうしようもなくなって、助けを求めるこの瞬間を。
「……全部筋書き通りというわけですか?」
「いや、だいぶ
「……貴方の狙いは一体なんですか」
「ふふ、五年前に言ったことをもう一度言おうじゃないか」
エミリアさんは僕の方に手を差し伸べて、言う。
「魔術協会に入り給え。そして私の部下として働くんだ。それだけでいい、簡単だろう?」
「……っ!」
五年前のあの日、僕はこの人の提案を蹴った。
それからなんのアクションもないから、てっきりこの人は僕のことを諦めたのだと思っていた。
だけど違った。
この人は虎視眈々とこの時を待っていたんだ。僕が絶対に断れないこの状況が来るのを。
「さあ。早く手を取り給え。手遅れになってしまうよ」
「そこまでして……僕を手中に収めたいですか? 僕にそのような価値があるとは思えないですけどね」
「そんなことはないさ。君は大いなる流れの中心にいながらその流れを変えうる存在、いわば特異点だ。私が君を使えば未来は思うがまま、どんな未来も実現できる」
正直この人が何を言っているのかは分からないけど、手を貸したらとんでもないことになりそうだという事は分かる。
手を貸したせいで次元魔法が暴走した未来よりも悪い結末になることすらありえる。どうすればいいんだ……。
「……」
僕は考える。
今もっとも優先するべきことは何かを。
決まっている。それは僕が大切に思っている人たちが無事に済むことだ。
次元魔法を放置しても、この人の手を取ってもそれは達成できないだろう。だったら……
「決めました」
「そうかい! じゃあさっそく……」
「僕は、あなたの手は取りません」
きっぱりとエミリアさんを拒絶する。
すると彼の表情はこわばり、止まる。まさか断られるとは思ってなかったみたいだ。
「何を言ってるんだい? 私の手を取る以外に道などないよ」
「僕の望んだ物は、いつも困難な道の先にありました。きっとそれは今も同じです。あなたと共に歩む道は楽でしょうが、その先に僕の望んだものはない」
そう言った僕は、覚悟を決めてマグルパの方を見る。
きっと無事では済まないだろう。でもみんなを守るためだ。
「カルス!? 何をするつもり!?」
僕のしようとしていることを察したのかセレナが尋ねてくる。
「ごめんセレナ。みんなにも謝っておいてほしい」
「何を言って……」
僕はセレナの方を見ずに、走り出す。
勝手に決めて行動して、こんなの相棒失格だ。でもこれも全てみんなに無事でいてほしいから。明日も笑って生きていてほしいから。僕はこの道しか選ぶことはできなかった。
「うぐ、ぐ……」
マグルパに近づくたび、体に負荷がかかる。これが次元が歪んでいる影響なんだ。
動きは遅くなり、体が千切れそうな感覚に陥る。息も乱れ視界も歪む。だけど僕は止まらなかった。
『おまえ、なぜ……』
マグルパのもとに行くと、彼は不思議そうな目で僕を見た。
もうとっくに逃げたものだと思っていたんだろうね。
「貴方を、止めに来ました」
僕は魔力の発生源であるマグルパの胸元に手を置いて、ありったけの魔力を流し込む。僕の魔力でマグルパの魔力を包むこむイメージ。絶対に成功させて見せる!
『こんなことをすれば、お前は……』
「分かってます。僕は無事では済まないでしょう。それでもやらなくちゃいけないんです」
もっと生きていたいし、学園にも通い続けたかった。ここでそれらを手放すのは悲しい。
でも僕の身ひとつでみんなが助かるなら、迷いはない。喜んで僕は犠牲になれる。
「ごめんね、みんな……」
脳裏に浮かぶのは僕を助けてくれたみんなの姿。
お別れの言葉を言えなかったのは申し訳ないけど、どうか許してほしい。
そしてどうか、僕の分も生きてほしい。
「はあああああああっ!!」
体に残った魔力をありったけぶつけて、次元魔法を封じ込める。
その瞬間、ものすごい衝撃が僕の体を襲う。体が捻じれ、次回が歪み、弾ける。
平衡感覚が消失し、地面に立っている感覚もなくなる。どっちが上でどっちが下なのかも分からなく、呼吸をしているのか、今自分が生きているのかすら不明瞭になる。
そして最後に白く弾けた僕の視界は闇に覆われて……消えたのだった。
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