第24話 しばしの別れ

「はあ……はあ……」


 光の竜槍ライザクスを放った僕は、肩で息をしながら、ライザクスの背に倒れ込む。

 凄い疲労感だ。こ、こんなに疲れるなんて。


『大丈夫かカルス?』

「う、うん。大丈夫」


 ライザクスさんが心配そうにこちらを見てくる。


「僕は大丈夫だから、あいつが落ちた場所に向かって下さい。もしかしたらまだ生きているかもしれませんから」

『……分かった。無理はするなよ』


 ライザクスさんは僕を心配したようにそう言うと、マグルパが落ちた学園敷地内に入っていく。

 さっきの魔法のせいで疲労は溜まったけど……まだ魔力は残っている。もしマグルパが生きていたとしても、トドメを刺すくらいなら問題なくできそうだ。


『……しぶとい奴だ』


 呆れたようにライザクスさんが言う。

 言葉につられ正面を見てみると、そこには体の大部分が焼け落ちながらも地面を這いずり逃げようとするマグルパの姿があった。竜の姿はもう維持できなくなったのか、人の形になっている。


「あの攻撃を受けてまだ生きているなんて。なんて生命力なんだ」


 生きてるかもしれないとは思っていたけど、流石に驚く。

 でもその体は今もボロボロと崩れていっている。きっと体の中に打ち込まれた光の魔力が攻撃し続けているんだろう。数分もすれば完全に消滅してしまうと思う。


『……ここでよいか』


 ライザクスさんはマグルパから少しだけ離れた位置に着陸する。

 僕は背中をから尻尾の方にするすると降り、地面にひょいと跳ぶ。ふう、空も気持ちいいけど地面の方がやっぱり安心するね。


『……さてカルスよ。我はそろそろ眠りにつかねばならぬ。悪いがあれへのトドメはお主が刺してくれ』

「え、そうなの?」

『顕現術は強力だが、我の力を相当量に消費する。長い間魔力が少ないところにいたことも重なり、私の精霊としての力は尽きかけてしまっているのだ』


 見ればライザクスさんの体は徐々に透けてきている。もう限界が来ていたんだ。


『なに、心配するな。我はお主の中で少し眠りにつくだけだ。しばらくしたら再び姿を現す』

「……分かりました。ここまでありがとうございますライザクスさん。本当に助かりました」

『こちらこそ礼を言うぞカルスよ。お主に出会えただけで五百年待った苦労が報われたというものだ』


 ライザクスさんは僕のことをじっと見つめる。

 その目はどこか懐かしんでいるように見える。僕をかつての相棒と重ねてみているのかな。


『そうだ、我の槍「光の竜槍ライザクス」はお主の中に宿っている。この魔法は他の魔法と違い精霊を必要としない・・・・・・・・・。つまり我が眠りにつこうとも、光の精霊が憑いていなくとも使用することができるのだ』

「そ、そうなんですか?」


 驚いた。ということは魔法よりも魔術に近いってことなのかな?

 なんにせよ特別な魔法なんだ。覚えておこう。


『しかしまだその槍はお主の体に馴染んでいない。使えて一日に一度。無理はするでないぞ』

「分かりました。気をつけて使います」


 ライザクスさんは僕の返事に満足したように頷くと、次にセレナの方を見る。


『すまないな光の姫君よ。お主にも色々伝えたいところであったが、その時間はないようだ』

「構わないわ。また会えるんでしょ? その時にたっぷり聞かせてちょうだい」

『ああ、もちろんだ。カルスと共に待っていてくれ』


 ライザクスさんはそう言ってセレナとの話を終えると、再び僕に視線を戻す。

 その体はもう消えかかっている。もうお別れの時みたいだ。


『短い間だったが、楽しかったぞカルスよ。忌み子であるお主にはこの先も苦難が立ちはだかるであろう。だが大丈夫、お主にはお主のことを想ってくれている者がたくさんいて、お主はその者たちに感謝できる素直な心を持っている。それさえあればどんな苦難も乗り越えられよう』

「はい……ありがとうございます」


 永遠の別れじゃないと分かっていても、目頭が熱くなる。ライザクスさんに貰ったものは大きい。


『笑えカルス。男の別れは笑顔でするものだ。アルスは死の際も笑みを絶やさなかったぞ』

「はい……本当にありがとうございました」


 悲しみを振り払い、笑顔を作る。

 それを見たライザクスさんは満足したよう頷いて、消えていった。


 寂しいけど、少しだけお別れだ。また会えた時には色々話を聞いてみたいな。


「カルス」

「うん。分かってる」


 セレナに言われ、僕はマグルパの方を見る。


『お、おお……』


 低く恐ろしい声を出しながら、マグルパは地面を這っていた。

 その体は今もボロボロと少しずつ崩れていっている。誰の目から見ても手遅れなのは明らかなのに、なんて執念だ。死にかけのはずなのに僕は恐ろしさを感じた。


「もう、終わりにしましょう」


 警戒しながらマグルパに近づく。

 獣は死にかけが一番恐ろしいとダミアン兄さんも言っていた。警戒は怠らない。


『ぜえ、はあ……お前……?』


 マグルパは僕のことをじっと見つめると、不思議そうな声を出す。

 一体どうしたんだろう。


『ひ、人が長い時を生きれるはずがない、変だと、思ったんだ。なるほど、アルスの子孫だったか』

「ええ。アルス様は死にましたが、あの人の役目は僕が引き継ぎます」

『ひ、ひひひ。アルスが死に、白蜥蜴も消えた。やはり我らは勝ったんだ……』


 引きつったように笑うマグルパ。その笑い方には狂気を感じる。


「いえ、今回も・・・僕たちの勝ちです。貴方は僕が倒します」

『くくく、確かに私は死ぬだろう。体に残った憎らしい光の魔力は消すことが出来ない。だが……まだこんなことは出来る』


 マグルパは自分の右手を胸元に置き、『過剰転移オーバーポート』と呟く。

 すると周囲に黒い球体がいくつも出現し、周りの木や壁、地面などが瞬く間にえぐり取られて消えていく。


「な、なにが起きているんだ!?」


 明らかに異常事態だ。

 消える範囲は徐々に広がっている。このままだといずれ学園が、いや王都全域に被害が出てしまう。


『……私の命を代償に超大規模の転移魔法を発動した。この魔法は無差別に物体を転移させる。くく、場所はどこかな? 空か地面か、海か遠く離れた地か。どこであろうと人が飛ばされれば無事では済まないだろう』


 マグルパは崩れかけている顔で醜悪な笑みを浮かべる。まさかこんな奥の手を残していたなんて……!


「そんなことはさせない! 今すぐ辞めるんだ!」

『無駄だ。一度発動したこの技はもう私でも止めることは出来ない。込めた力を使い果たすまで周囲に次元干渉をし続ける。もうこの都市は終わりなんだよぉ!』


 声高らかに笑うマグルパ。

 そんな。せっかくここまで戦ってようやく勝ったのに本当に駄目なの? 何か、何か方法はないんだろうか。


「セレナ! 何かあれを止める方法はないの!?」

「……そうね。まだ完全に発動する前なら、大きな魔力をぶつければ止められるかもしれないわ」

「魔力ならまだある。よし、やってみるよ」

「待ってカルス!」


 僕は今にも魔法を発動しようとするマグルパのもとに行こうとする。

 すると、


「やめておいた方がいい。君もただでは済まないよ」


 突然第三者の声が耳に入ってくる。

 声のした方を見てみると、そこにはエミリアさんの姿があった。どうしてここにいるんだ?


「それは今、不安定な状態にある。確かに大きな魔力をぶつければそれの完成は止められるかもしれない。ただそれをするには次元魔法を直接触り、干渉しなければならない。そんな事をすれば君は絶対に無事では済まない。次元の狭間に吸い込まれ、一生そこから出てこれないかもしれないよ」


 そう言ったエミリアさんは、にぃと楽しげに笑みを浮かべるのだった。

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