第23話 騒乱を鎮めるもの

 カルスたちが王都上空で戦っている時、王都は混乱で包まれていた。


「逃げろ! 巻き込まれるぞ!」

「こんな時に騎士団は何やっているんだ!?」


 王都から逃げ出す者。

 家に閉じこもる者。

 もう終わりだと騒ぎ立てる者。


 反応は人それぞれであった。


 そんな中である王都市民は、空に向かって祈っていた。


「ありがたや、ありがたや……」


 紫の衣服に身を包んだ老婆は地面に正座し、手を合わせひたすらに祈りを捧げる。その姿を見た孫娘は、老婆に話しかける。


「ちょっとおばあちゃん何してるの!? 早く逃げないと!」


 孫娘は老婆の体を揺すりながら言う。

 二人は今日買い物をしていた。その最中に二頭の竜が姿を現し戦闘を始めたのだ。


 最初はあっけにとられた孫娘だが、すぐに正気に戻り家に帰ろうとした。しかし共に来ていた老婆が、突然座り込んでしまったのだ。

 最初は腰が抜けて立てなくなったのかと思ったが、違った。


 老婆は手を合わせ空を舞う竜に祈りを捧げ始めたのだ。


「うーごーいーてー! ここにいたら危ないってば!」


 孫娘は無理やり老婆を動かそうとする。

 すると老婆はカッと目を開けて大きな声で、


「ばあっかもん! 白竜様が戦ってくださっているのに自分だけ助かろうというのか! この罰当たりめ!」

「何言ってるのおばあちゃん! あれはただの竜だよ!」

「いんや、あれは白竜様じゃ! 白竜様が再び私たちを救うために顕現してくださったんじゃ!」

「白竜っておとぎ話に出てくるあれ? そんなのいるわけないじゃん!」

「何を言っておるか! 白竜様を実際に見たことがあると私のひいひいひいひいお祖母様の日記に書かれておったのじゃぞ!」

「そんな昔の信じられるわけないじゃん!」


 遂にボケてしまったのかと心配する孫娘。

 しかし祈りを捧げているのは老婆一人だけではなかった。信心深い王都市民は老婆と同じように空へ祈りを捧げていた。


「白竜様、どうか我らをお救いください……」


 そう祈りが捧げられる中、黒竜の姿をした魔の者、マグルパは体を起こす。

 勢いよく地面に叩きつけられダメージは負ったが、まだ動ける。魔の者の生命力は伊達ではなかった。


『おのれ白竜……!』


 遠くに飛翔している白竜を睨むマグルパ。

 憎しみと殺意が止めどなく湧き出てその身を焦がす。しかしマグルパはその衝動に飲み込まれなかった。


『覚えていろ。必ず殺してやるぞ』


 なんとマグルパは白竜に背を向けると、逃げるように飛び始める。

 魔の者が獲物から背を向けるなどありえない行為だ。どれだけ自分が不利な状況にあっても衝動のままに暴れまわるのが魔の者本質だからだ。


 しかし五百年もの間、地の底に眠っていた彼は『我慢』を覚えてしまった。それは進化に他ならない。また逃してしまえば、今度は更に力を得て戻ってくることだろう。


 白竜ライザクスは逃げるマグルパを見て危機感を覚える。


『厄介な事になったな。奴は逃げることに集中するだろう、ここで完全に消滅させなければ』


 ライザクスは翼を勢いよく動かし、マグルパを追う。

 そうしながら背中に乗っているカルスに話しかける。


『カルスよ。我が顕現していられる時間も短い。最後の一撃に我の力を貸そう。その力を持って奴を滅するのだ』

「それは分かったけど……ライザクスさんはどうなっちゃうの?」

『案ずるな、力を使い果たしても消えるわけではない。少し眠りにつくだけだ』

「……分かりました。必ず成功させます」


 カルスは覚悟を決める。

 もし自分がしくじり、マグルパを逃してしまえば後々多くの人が犠牲になってしまうだろう。必然プレッシャーも大きい。


「大丈夫よカルス。私も最大限サポートするわ」

「うん、ありがとうセレナ」


 カルスは頼りになる相棒に礼を言うと、深呼吸する。

 決める、必ず。彼は覚悟を決めた。


『やるのだカルスよ! 我の残りの力、全てお主に託すぞ!』


 ライザクスの体が一層光を増し、その光がカルスの中に流れ込んでくる。

 その強大な力をしっかりと受け止めたカルスは、かつて彼の先祖がそうしたように右手を空に掲げ、その魔法を発動する。


光の竜槍ライザクス!!」


 巨大な閃光が迸り、収束し、巨大な光の槍となる。

 まるで雷を掴み、そのまま武器としたような見た目をしている。これこそが五百年前の大戦を終息へと導いた伝説の魔法。その威容を見た王都市民はそれに目を奪われてしまう。


「ありがたや、ありがたや……」

「きれい……」


 老婆を帰らそうと躍起になっていた孫娘でさえも、その姿に見とれ呆然と立ち尽くしていた。


『あ、あれは……!』


 その槍の姿を見たマグルパは絶望の表情を浮かべる。

 かつて同胞を焼き尽くしたその槍のことを思い出す。いくら時が経ったとしてもその時の恐怖を忘れることはできなかった。


 カルスはそんなマグルパにめがけ、槍を構える。その表情に迷いのようなものはもう一切なかった。


『……本当にお前と一緒に戦っているようだ、アルス』


 カルスの姿を横目で見ながら、ライザクスは小さく呟く。彼には遥か昔のあの時のことが、まるで昨日のように感じた。


 一方カルスは深く集中し、しっかりとその槍を握りしめる。そして力の限り、その槍を放った。


「いっけええええ!!」


 迸る閃光。

 目にも留まらぬ速さで放たれた竜の槍は一直線にマグルパの肉体に突き刺さり、そして貫通する。

 そして相手の肉体に溢れんばかりの光の魔力を流し込み。その肉体を破壊し尽くす。


『がああああああっ!?』


 絶叫とともに落下するマグルパ。攻撃が当たる瞬間、マグルパは全身を硬くしたが焼け石に水であった。とてつもない痛みとともに彼の体はボロボロと崩れていく。


『まだ、まだ勝てないというのか……!』


 怒りと喪失感に包まれながら、マグルパは学園の敷地内に落下するのだった。

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