第18話 思わぬ助っ人

「どうしてクリスが!? それにその魔法は……」

「話は後! ここは任せなさい!」


 クリスはそう言うと剣を構え、魔法を発動する。


光の武器ラ・アルム!」


 光の粒子が、クリスの剣を包み込む。

 間違いない。これは光魔法だ。クリスは炎魔法しか使えなかったはずなのになんで!?


「さあ行くわよ! ちゃんとついてきてねセレナ!」


 クリスがそう言うと、彼女の側にセレナがすうっと出現する。

 う、うそ。なんでセレナがクリスと一緒にいるの!?


 困惑する僕を置いて、二人は魔の者の群れに突っ込んでいってしまうのだった。



◆ ◆ ◆



 ――――時は少し遡り、時計塔内部。

 精霊の姿を現す魔道具の効果により、セレナはそこにいた生徒たちの前に姿を現した。


 数秒の沈黙の後、生徒の中で最年長者であるサリアが彼女に話しかける。


「久しぶりだね、光の姫君。どうやら私の予想は当たっていたみたいだ」

「ええ、さすがね。こっちについて来て正解だったわ」


 カルスと別れてしまったセレナは、生徒と教員、どちらについて行くか悩んだ。

 教員の方がカルスと出会う可能性は高そうに思えたが……セレナは時計塔に向かう生徒たちについて行くことを選んだ。

 時計塔には精霊の姿を見えるようにする魔道具がある。カルスがいない今、自分の言葉を伝えるにはそれを使うしか道がないからだ。


「それにしても本当に精霊と別れてしまっているとはねえ。後輩くんは大丈夫だろうか」

「カルスなら平気よ。大丈夫」

「ほう。分かるのかい?」


 サリアの問いにセレナは頷く。


「一度憑いた精霊と人との間には『絆』が生まれる。これは私だけじゃなくて他の精霊にも言えるわ。どこにいるかまでは分からないけど、カルスの魔力がまだ生きているのは分かる。カルスは生きている、そして絶対にここに戻ってくるわ」


 セレナがそう断言すると、サリアやジャック、ヴォルガは「そうだな」と言うように頷く。

 そして今まで黙っていたクリスが立ち上がり、セレナに近づく。


「……セレナさん。お願いがあるの」

「お願い? 何かしら?」


 セレナとクリス。二人が話すのはこれが初めてだった。

 セレナは子供の頃のクリスを見ているため、彼女を知っている期間は長いが、クリスはそうではない。

 しかも人間ではなく相手は精霊。まだ距離を掴みそこねている所はあるが、それでも彼女に頼みたいことがあった。


「お願い。貴方の力を貸して欲しいの」

「……それは『光魔法』の力を、ということでいいかしら?」


 セレナが尋ねると、クリスはこくりと首を縦に振る。


「パートナーじゃない人に魔法を使わせることが、精霊にとって嫌なことだというのは分かっている。私は軽蔑されても構わない、それでも……カルスのために今だけ力を貸して!」


 クリスはそう言って頭を下げる。

 今の自分じゃ魔の者の軍勢に歯が立たないのは、遺跡での戦いで痛いほど分かっていた。その実力の差は気合いで埋められるものではない。


 しかし光魔法が使えるのならば話は別。

 カルスの魔法を見て、自分ならこう戦いに使うなと思ったことがクリスにはあった。その想像イメージを実現できるのならば……魔の者に対抗できるかもしれない。


 セレナは必死に頼み込んでくるクリスを見て、返事を決める。


「……精霊にとって相棒パートナーは簡単に変えられるものじゃない。好きでもない人間に尻尾を振ることはできない」

「……っ」


 頭を下げながら、つらそうに顔を歪めるクリス。

 そんな彼女の肩に、セレナは手を乗せる。


「でも貴女は別。カルスにとって大事な人は、私にとっても大事な人よ」

「……え?」


 驚きながら顔を上げるクリスに、セレナは優しく微笑む。


「一緒にカルスを助けましょう。私の力、貴女に預けるわ」

「……ありがとう、セレナさん」


 瞳をうるませながら感謝の言葉を述べるクリスに、セレナは「呼び捨てでいいわ。私たちはもう相棒パートナーでしょ?」と言う。


「ええ……そうね。行きましょうセレナ。私達の力をみせてやるのよ」

「言っておくけど魔法の出力は手加減しないわよ。しっかりついて来なさい」

「上等!」


 こうして出来上がった即席のコンビは、意気揚々と戦闘の準備をするのだった。


◆ ◆ ◆


「はああああっ!!」


 雄叫びを上げながら、クリスは戦場を駆け抜ける。

 右手に握るは父から譲り受けた名剣『ルビーローズ』。その刀身には光の力が宿っており、魔の者の体を容易く両断する力が備わっている。


『コロセ! コロセ!』


 魔の者たちは光の力に本能的に憎しみを持っている。

 それを操るクリスに殺到し、彼女を亡き者にしようとその牙や爪を向けてくる。


「うっとうしい……のよ!」


 そんな魔の者をクリスはバッサバッサと切り倒していく。

 慣れぬ光魔法を操りながら凄まじい活躍を見せるクリスの姿に、カルスやゴーリィは驚く。


「すごい……」

「なんという才。剣士をやらせておくには惜しいのう」


 光魔法の扱いは他の魔法と比べて難しい。

 覚えたてで実戦に使うなど普通ではありえない。魔法とは何度も使用し、時間をかけて精霊と絆を結ばないと充分な威力を発揮しないからだ。


 それなのになぜクリスは光魔法をここまで使えるか。それはセレナと目的が一致しているからに他ならない。


 カルスを助けたい、力になりたい。


 その思いが一致しているからこそ、二人の息は合っている。

 この戦いが終わり、一致した目的がなくなれば今のように魔法を使うことは出来なくなるだろう。


 ただこの瞬間だけは、二人はまるで熟練のコンビのように魔法を使うことができた。


「流石に数が多いわね! そうだ、この剣を借りるわよ!」


 クリスは戦場に落ちていた一本の剣を拾う。

 おそらく戦線を離脱した騎士が使っていた、ごく標準的な両刃剣ブロードソード。クリスはそれを左手で握り、二本の剣を構える。


炎のフ・アルム!」


 そして彼女は左手に持った剣に炎をまとわせる。

 左手に炎の剣、右手に光の剣。彼女は二つの魔法を同時に使用してみせたのだ。


 二種類の魔法を同時に使用するのは高等技術だ。以前ジャックがやってはいたがそれは何度も練習した成果であり、ぶっつけ本番で成功するものではない。


 しかし彼女はそれを成功させた。

 大切な人を守りたい。その想いだけで超えられないであろう限界かべを超えてみせたのだ。


「体に力が溢れる……負ける気がしない」


 武器に宿った魔法の力は、握る手から体にも流れてくる。

 二つの属性による強化を得たクリスの肉体はかつてないほど強化されていた。


 二本の剣を軽やかに振るい、クリスは次から次に魔の者を斬り伏せていく。

 その強さ、一騎当千。最初は女子おなごと侮っていた魔の者の、次第に彼女の強さに恐れを抱いていく。


『カ、カコメ! カコンデツブセ!』


 魔の者たちは数の力でクリスを圧倒しようとする。

 いくら強くても彼女の腕は二本しかない。対処できる数は限られている。四方八方から襲いかかる魔の者に対処は出来ないと思われた。しかし、


「輝炎二刀流、白火流刃はっかりゅうじんノ舞」


 迫りくるいくつもの攻撃を、クリスはまるで舞うように回避する。

 そして攻撃の隙間を縫うように必殺の斬撃を繰り出し、次々と魔の者の体を両断していく。


 攻撃範囲に優れる炎の剣で攻撃を防ぎ、退魔の力を持つ光の剣でトドメを刺す。考えて行動しているわけではない、戦士としての経験と本能からクリスは自然と属性を使い分け戦っていた。


「これで……ラストッ!」

『ヒ……ッ!?』


 二本の剣を交差させながら振り、十字に魔の者を切り裂くクリス。

 時間にして十分にも満たない間に、彼女の周りにいた魔の者は全てその剣で斬り伏せられてしまうのだった。



◆ ◆ ◆



 それはあっという間の出来事だった。

 セレナの力を借り、光魔法を使えるようになったクリスは、二つの属性の力を操り魔の者を瞬く間に倒してしまった。


 だけどそれはかなりの力を消耗してしまったみたいで、戦いが終わった瞬間、クリスはその場に膝をついてしまう。


「クリス! 大丈夫!?」


 慌てて僕は彼女のもとに駆け寄る。

 凄い汗だ。あれだけ動き回りながら魔法を二つ同時使用してたんだ、その疲労は計り知れない。


「今回復するね。光の治ラ・ヒー……」

「ちょっと……待ちなさい」


 急いで回復魔法をかけようとするけど、クリスがそれを止める。


「やることが……あるんでしょ? 私なら大丈夫。魔力はとっておきなさい」

「でも……」

「なに? 私が信じられないの? それにほら、あいつらも来たみたいよ」


 クリスの指差す方を見てみると、そこには魔の者と戦うヴォルガとジャックの姿があった。二人も学園に残ってたんだ!


「だいぶあいつらの数も減ったし、ここはもう大丈夫。カルスは安心して行きなさい。今度は私がその背中を守ってみせるから」

「クリス……」


 クリスの瞳がまっすぐ僕を捉える。

 その決意は固いみたいだ。


「……分かった。背中は任せる」

「ええ、任されたわ。それじゃあ彼女・・ともここでお別れね」


 クリスがそう言うと、セレナがすうっと姿を現す。


「ここまで力を貸してくれてありがとうセレナ。カルスをお願いね」

「ええ。短い間だったけど楽しかったわ」


 セレナの声は届いてないはずだけど、クリスはセレナの声に反応するように頷いた。


「行きなさい二人とも! ここは私が絶対に守り通す!」


 僕は最後に離れたところにいる師匠に目配せし、「いってきます」と頷いた後、セレナとともに校舎の方に走り出すのだった。

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