第16話 絶望の戦場

『ガアアアアアアッッ!!』


 枷が外れたように暴れ回る魔の者たち。

 今までは大賢者の圧倒的な強さで抑え込まれていたが、その存在は今やいない。


 残された騎士と魔法使いたちは必死抗うが……戦力は圧倒的に足りていなかった。


「負傷者を運べ! なんとしてもここで食い止めるんだ!」


 学園から外に出てしまったらもう収集はつかなくなる。

 魔の者たちは市民を襲い、喰らい、力をつけてしまうだろう。


 そうなれば王都にいる戦力だけで魔の者を倒すことは不可能になってしまう。それが分かっている騎士たちは全力で魔の者に立ち向かう。


光の弾丸ラ・バレル!」


 ゴーリィは光の弾丸を何発も放ち、複数の魔の者を倒すが、焼け石に水。魔の者の勢いは止まるところを知らない。


 倒しても倒しても次が湧いてくるその絶望的な光景を見て、ゴーリィの顔が曇る。


「ぜぇ……ぜぇ……歳は取りたくないものじゃな。もう魔力が尽きかけとるとは。若い頃であればまだまだ戦えたが……」


 負傷者の治療も並行して行っていた彼の魔力は風前の灯だった。

 杖をついていなければ立っているのも辛い状況だ。


「それにしてもあの会長バカは、まだ出てこないつもりか? このままでは本当に王都が滅んでしまうぞ」


 エミリアは危機的状況に陥っても姿を見せなかった。

 一体どんな狙いがあって姿を見せないのか。


「まああ奴が何を考えているのかなぞ、昔から分からなかったがな。じゃが今回は状況が悪すぎる。大賢者が二人もいなくなるという異常事態にもかかわらず姿を見せぬとは、一体何を考えておる」


 などと考えながら戦っていると、大柄の魔の者がゴーリィのもとにやって来た。

 三体の強力な魔の者の一体、豪腕のバルバトスだ。

 一度メタルに吹き飛ばれたはずだが、その時の傷はすっかり塞がっていた。


『光の魔法使いがまだいたとはな。あの鉄兜に受けた屈辱、貴様で晴らさせてもらうぞ』

「こりゃまた頑丈タフそうなのが来たの。なんとかなるといいが……」


 ゴーリィはげんなりしながらも杖を構える。

 相手は見るからに鈍足パワータイプ。逃げようと思えば逃げ切ることはできるだろう。


 しかしそうした場合、他にバルバトスの相手をできるような者はこの場にいなかった。

 大賢者がいなくなった今、この場でもっとも魔の者と戦えるのはゴーリィなのだから。


『死ねッ!』


 バルバトスが太い腕を振るって殴りかかってくる。

 ゴーリィはその一撃を後ろに跳んで回避する。目標を失った拳は地面に激突し、大きなヒビを作る。

 一撃でもらえば命はない。ゴーリィは気を引き締める。


光の鷹ラ・ホウク!」


 杖を振るい、光の鷹を出現させる。

 その鷹は翼でバルバトスの右肩部分を大きく切り裂く。

 そして空中でUターンすると、今度は背後から腰の部分を切り裂く。


『ガア……!?』


 苦しそうに顔を歪めるバルバトス。

 よし、やはり光魔法は有効だと思うゴーリィだったが、彼の付けた傷は立ち所に塞がってしまう。


『……やるじゃねえかジジィ。少しだけやばかったぞ』

「くっ。魔力が足りなかったか……!」


 確かに光魔法は魔の者に効果が高い。

 しかしゴーリィはもう魔力が尽きかけているせいで魔法の威力が落ちてしまっていた。もし彼が万全の状態であればバルバトスを今の一撃で倒すことができていただろう。


 しかし連戦に次ぐ連戦でゴーリィはすっかり消耗してしまっていた。


「無念じゃ……」


 息を切らしながらその場に膝をつくゴーリィ。

 すでに魔力だけでなく体力も限界を迎えていた。立ち上がることすらできなくなっていた。


『そう、そうだ。絶望の顔こそ貴様ら人間に相応しい。なに、どうせもうすぐここらにいる人間は全員死ぬんだ。寂しくはないだろう』

「なん……じゃって……?」

『あっちも見てみな』


 バルバトスが自らの後方を指差す。

 そこにいたのは魔の者たちのリーダー格、マグルパ。


 マグルパは魔の者たちが人間を圧倒しているのを見て満足気な顔をすると、突然体を変形させ始める。

 ボコボコと体を膨らませ、どんどんその体積を増やしていく。

 最終的に十メートル近い巨体に変貌したマグルパは背中に翼、臀部に長い尾を生やす。

 首は長くなり、手には鋭い爪。


 その姿はまるで黒い『竜』のような姿だった。


「なんじゃあの姿は……!?」

『俺たちは五百年前、クソッタレな竜に煮え湯を飲まされた。空を飛び、口から吐息ブレスを吐くあいつの強さを、俺たちのリーダーは真似したんだ』


 魔の者の強さはその再生力と変形能力にある。

 一般個体は手足を増やすくらいしかできないが、上位の個体は他の生き物の特性を真似ることもできる。


 最上位個体であるマグルパは、長い年月をかけることで竜の特性を模倣コピーすることに成功したのだ。

 それに加えてマグルパの固有能力である次元魔法の再現。二つの能力を手にしたマグルパは過去にこの地で暴れたどの魔の者よりも強かった。


『あいつは空から闇の魔力を込めた吐息ブレスを放つつもりだ』

「馬鹿な。そんなものを食らえば普通の人間は耐えられんぞ……!」

『ああ、素晴らしい地獄絵図になるだろう』


 その光景を想像し、バルバトスは恍惚の表情を浮かべる。

 他者の不幸を至上の喜びとする闇の生き物にとって、それは天国とも呼べる光景なのだ。


「そんなこと、させるわけにはいかぬ……」

『ほう。まだ立てるか』


 最後に残った気力を使い、ゴーリィはなんとか立ち上がる。

 しかしその肉体が限界を迎えているのは誰の目にも明らかであった。


「来るなら来い。せめて貴様は道連れにするぞ…!」

『こいつ……!!』

 

 軽く小突けばもう死んでしまいそうなほど弱っているはず、それなのにバルバトスは攻めあぐねていた。


(この目……こいつ本当に死にかけなのか……!?)


 ゴーリィは猛禽類のような鋭い眼光でバルバトスを睨みつけていた。

 その『圧』にバルバトスは気圧されてしまった。


 死にかけの人間。しかも老人相手に恐れを抱いたことにバルバトスは強い怒りを覚える。


『許せぬ……断じて許せぬ! 血肉を裂き、五臓六腑を引き出し、苦痛の果てに殺してやるぞ!』


 怒りに身を任せながらゴーリィに襲いかかるバルバトス。

 とてもじゃないがゴーリィにもう逃げる力は残っていない。


 ここまでか。

 諦め、生を手放す覚悟を決めるゴーリィ。


 バルバトスの大きな手が、ゴーリィの体を引き裂く……そう思われた次の瞬間、戦場に強い閃光が走る。


「な、なんだ!?」

『ウオオ! マブシイ!』


 人間も魔の者も例外なく目を覆いながら困惑する。


「いったい何が……?」


 光が収まりゴーリィは閉じていた目を開ける。

 彼の目に最初に入ったのは、『竜』の姿だった。


 美しい白い鱗を持つ、とても大きな竜。その姿にゴーリィは戦闘中だということを忘れ、一瞬見とれてしまう。


「なんと美しい……」


 頭から尾の先まで竜を観察するゴーリィ。

 そこで彼は竜の傍らに一人の人間がいたことに気がつく。


 その人物は彼もよく知る人物であった。


『なぜ。なぜ貴様がいる! ライザクス!』


 白竜の姿を見たバルバトスは、ゴーリィから白竜に目標を変え、襲いかかる。

 その瞳は怒りに満ちている。どうやら深い因縁があるようだ。


 一方白竜はバルバトスを一瞥すると、興味なさげに『ふん』と鼻を鳴らす。


五月蝿うるさいのがいるな。丁度いい、我らの威光ちからを見せてやるとしよう』

「うん、分かった」


 竜と共にいた少年はそう答えると、自分の何倍もの大きさを持つバルバトスに向かって手をかざす。


『くたばれ白竜!』


 四本ある太い腕を振り上げ、襲いかかるバルバトス。

 それが振り下ろされるよりも速く、少年は魔法を唱える。


光竜の吐息ラド・ブロウ


 放たれたのは全てを滅する竜の吐息。

 黄金色のほむらは、バルバトスの体を一瞬にして焼き尽くし灰へと変えるのだった。

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