第15話 三体の強者

 突然現れた強力な力を持つ三体の魔の者。

 彼らのせいで拮抗していたパワーバランスは崩れ、人間側に負傷者が続出し始める。


光の治癒ラ・ヒール!」


 ゴーリィは危険そうな者から回復魔法を施していくが、増え続ける負傷者の前では焼き石に水。彼の魔力量で全員を治療するのは不可能であった。


「全く。老骨には堪えるわい……!


 協会からも回復魔法の使い手は来ている。

 しかし回復魔法を使える者は少なく、その腕前も高いとは言えない。カルスやゴーリィといった光魔法使いは回復魔法の使い手の中では上澄み、トップレベルで腕前なのだ。


「このままでは戦線は崩壊する。そうなれば街に奴らがなだれ込むのも時間の問題。こんな時にあの会長バカはなにをやっておるんじゃ……!」


 ゴーリィは自分に襲いかかってきた魔の者を倒しながら悪態をつく。

 魔術協会の長エミリアは最初に姿を見せて以来、姿をくらませていた。戦闘が始まれば姿を現すと思っていたが、劣勢になっても一向に出てくる様子がない。


「まあもとより期待なぞしてはいなかったが……あやつめ、学園が滅んでも構わんのか?」


 一体何が狙いなんだ。

 ゴーリィは思考を巡らせようとするが襲いかかってくる魔の者のせいで冷静に思考を巡らせることができない。

 ひとまず目の前の敵をなんとかしなければいけない。


「……早く帰りたいというのにしぶとい奴らだ」

「ムーングリム殿!」


 気がつけば近くに大賢者の一人ムーングリムがやってきていた。

 大量の魔の者を倒しているはずなのに、その顔に疲れは見られず、怪我をしているようにも見えない。


「あそこにいる三体が親玉か! 奴らを倒せば楽になりそうだな!」


 ムーングリムの横には同じく大賢者のメタルがいた。

 彼もまだまだ元気いっぱいで余裕がある感じだ。二人の強さを再確認したゴーリィは舌を巻く。


「ゴーリィは負傷者の手当を。私とムーングリムで奴らを倒しこよう!」

「お願いしますメタル殿。ご健闘をお祈りします」

「うむ! 任された!」


 肩で風を切りながら魔の者の群れに突っ込んでいくメタル。

 勝手に頭数に入れられていたムーングリムは面倒くさそうにしながらも後に続く。


「貴様は昔から勝手なやつだ……三百年前から何も変わっていない」

「ははは! それはどうも!」

「……よく褒められていると思えるな」


 戦場にいるとは思えない会話をしながら進む彼らの前に魔の者が立ちはだかる。

 するとムーングリムが手にした大きな杖を地面に突き刺し、立ちはだかる魔の者を睨みつける。


「失せろ」


 次の瞬間、地面から何十本もの細く鋭いトゲが生え、魔の者たちを一瞬で串刺しにしてしまう。

 よく見るとそのトゲは、乾き細くなった『木』であった。

 水分を失い限界まで凝縮されたその木の硬度は鉄を超える。更に突き刺した相手の水分を一瞬にして吸い付くしミイラへと変えてしまう。


 一瞬のうちにして体を貫かれ、更に水分を奪われミイラに変わる魔の者。その光景は地獄絵図だ。それを見た他の騎士や魔法使いたちは恐怖する。


「はっは! 相変わらず容赦ないな!」


 一方メタルは笑いながらその地獄絵図の中を突き進む。

 すると彼の前に大柄の魔の者が立ちふさがる。その者は強力な力を持った三体の魔の者の内の一体であった。


「おや、そっちから来てくれるとは助かる」

『脆弱な人間風情が……調子に乗るなよ』


 その魔の者は他の個体よりもかなり大きい体を持っていた。

 五メートルはある体躯に、筋骨隆々の肉体、そして四本の太い腕。見るからに他の個体よりも強力な力を持っている。

 しかしメタルはそれでも一切動揺していなかった。


『我が名は豪腕のバルバトス。この鉄の拳で貴様らを粉々に打ち砕いて見せよう』

「ふふ、力自慢は好きだぞ。私は逃げも隠れもしない、存分にかかってくるといい」

『ふざけたことを……死ねッ!!』


 バルバトスは四本の太い腕で何度も何度もメタルを殴りつける。

 巻き起こる破壊の嵐。その一発一発の威力はまるで隕石のように重く、地面にはいくつもの陥没痕クレーターができてしまう。


『ははは! 他愛なし、他愛なしィ! ……ん?』


 魔の者は殴りながら違和感を感じ、一旦攻撃を止める。

 そして自分の拳を確認してみると、なんと自分の拳はボロボロに砕けていた。


『な、なんだこれは!?』


 驚愕するバルバトス。

 そんな彼に悠然とメタルは近づいていく。


 あれほどの攻撃を受けたにもかかわらず、やはり彼は無傷であった。


「いい物を持ってはいるが、それでは私の鋼の肉体に傷をつけることはできないな。残念だ」

『ひ、ひい……っ!』


 バルバトスは生まれて初めて『恐怖』を知る。

 今まで恐怖とは自分が撒き散らすものだと思っていた。しかしそれは自惚れであった。


 強者の間では自分も恐怖を受ける側に回る……それをバルバトスは知った。


「いいものをくれた礼だ。とっておきをくれてやろう」

『や、やめ……』


 バルバトスは逃げようとするが、もう遅い。

 メタルは右の拳を握りしめ、構える。そこから放たれるのは超高速の正拳突き。音速を超えて放たれるその一撃は衝撃波を生み、あらゆるものを討ち滅ぼす。

 技の名前は『隕鉄拳メタルバスター』。

 かつて大きな戦を終わらせたこともあるその一撃は、バルバトスの巨体を吹き飛ばしてしまう。


『ガ、ア……』



 地面に這いつくばるバルバトス。拳が当たった腹部には大きな穴が空いている。しかしバルバトスは傷を修復しながらメタルを睨みつけている。その闘志はまだ消えていなかった。


「まだ生きているとは頑丈だな。どれ、今トドメを刺してやろう」


 そう行ってメタルは歩き出す。

 すると突然地面からいくつもの黒い触手のようなものが生え、その鋭い先端でメタルの事を突き刺そうとしてくる。


「お?」


 突然のことにメタルも驚き素っ頓狂な声を出す。

 メタルにその触手が突き刺さるその刹那、今度は地面から鋭い木の根が生え、メタルに襲いかかる触手を全て撃退した。


「……油断しすぎだメタル。まあ貴様ならあれが当たった所で怪我はしないと思うがな」


 出した木の根っこを引っ込めながら、ムーングリムが言う。


「ありがとう、助かったぞ!」

「世辞はいい。それより……来るぞ」


 ムーングリムの視線の先、そこには二体の魔の者がいた。

 バルバトスを除いた強力な力を持つ魔の者だ。

 一体が次元魔法を操るマクルパ。

 そしてもう一体が体からうねうねと動く奇妙な触手を生やした個体。どうやらこの個体が先程メタルを襲った触手を生み出したようだ。


『こんにちは、僕は植樹しょくじゅのメリーヴァ。よろしくね』


 メリーヴァと名乗った魔の者はにっこりと笑みを浮かべる。

 その個体の見た目は肌が浅黒い少年のようだった。人混みに混ざっていたら普通の人間と見分けがつかないだろう。


『おじさん、なんだか僕と似たような能力を持っているね。仲良くしようよ』

「……黙れ化物。人の真似事をするなど悍ましい」

『ひっどいなあ。せっかくこっちから歩み寄っているっていうのに』


 メリーヴァの見た目、喋り方は人そのものだ。

 しかしだからこそムーングリムは強い不快感を覚えた。


 人の皮を被る化物。これほど悍ましいものはない。


『……これほどの強者がいるということは、人類はまだ隆盛のようだな』


 魔の者たちのリーダー格、マクルパが声を発する。

 その声は耳に入るたび背中に寒気を感じさせる。人外の力を持つ二人の大賢者もマクルパに対しては警戒を緩めなかった。


『人が栄えているのはよいことだ。人のいない世界では不幸を撒き散らすことはできないからな。しかし……強大な人間はいらない。家畜のように脆弱な人間を思う存分に嬲り、貶め、辱める。そうして得た不幸で我らは幸福を享受する。貴様らのような強い人間の相手をするのは……それからでいい』


 すっと冷たい目を大賢者の二人に向ける。

 何か来る。二人は警戒する。


 マクルパは人差し指をメタルとムーングリムに向け、小さく呟く。


人転移テレポート


 次の瞬間、メタルとムーングリムの足元に魔法陣が浮かぶ。


「「な……っ!?」」


 それを見た二人は何をされたのかを察し、対処しようとするが、間に合わない。


 マクルパの発動した術は起動し、一瞬にして二人の大賢者の姿は消えてしまう。


「え……?」


 その光景を見た騎士と魔法使いたちは愕然とする。

 何が起きたのか分からない。

 分かるのは唯一つ。もう大賢者はこの戦場にいないということ。


 それはすなわち大賢者の助力無しであの化物たちと戦わなければいけないということ。

 彼らの脳裏に「敗北」の二文字がよぎる。それほどまでに大賢者二人がいなくなった損失は大きい。


『ふむ。やはり次元魔法は消耗が激しいな。これ以上は使えなさそうだが……邪魔者は消えた。お前たち、存分に暴れるといい』


 マクルパの命を受け、魔の者たちは牙を剥き爪を光らせる。


 最悪の戦いが、幕を開けた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

《お知らせ》

3巻の発売&英語版の発売が決定しました!

これもひとえに応援してくださるみなさまのおかげです、ありがとうございます!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る