第13話 望まぬ傍観

「……始まったみたいね」


 時計塔の窓から外を見下しながら、そうクリスが呟く。

 外で行われている戦いは激しく、その戦闘音は時計塔の上まで聞こえてくる。時折時計塔が揺れ、置かれているフラスコなどの実験器具が倒れそうになりそれを慌ててサリアが押さえている。


「見ているだけ、というのも気持ちが悪いな。俺も参加したいものだ」

「そんな事をしたら追い出されるのが関の山。今はジッとしておいた方がいいだろうねえ」


 体をうずうずとさせるヴォルガを、サリアは諫める。

 クリス、ヴォルガ、ジャック、そしてサリアの四名は時計塔の中に隠れていた。


 普通に隠れただけでは魔力探知で見つかってしまうかもしれないが、時計塔には魔力探知を妨害ジャミングする魔道具も置かれている。そう簡単に見つかることはないだろう。


 それにここにいるとしたらサリア一人と教師は考える。

 事なかれ主義なはずのサリアがこの戦闘に関わってくる可能性は零に等しい。だから時計塔が見逃されているという所はある。


「カルス……まだ中にいるの……?」


 クリスは双眼鏡で戦いを観察するが、そこにカルスの姿はない。

 焦りばかりが胸に積り、喉がからからと乾いていく。


 それを見かねたサリアはクリスに冷たい水が入ったコップを差し出す。


「焦るな、と言っても仕方ないと思うが……まあ一旦座って落ち着きたまえ。いざという時に動けなくては元も子もない」

「はい……ありがとうございます」


 クリスは素直に水を受け取り、椅子に座る。

 それを見てサリアはうんうんと満足そうに頷く。


「それにしても全く……後輩くんはどこに行ったのやら」


 やれやれといった感じで珈琲が入ったフラスコを口にするサリア。

 その絵面は怪しい薬剤を飲んでいるようにしか見えない。


「そうだ、彼が消えた瞬間のことをまだ詳しく聞いていなかったね。ええと……きみ」

「ヴォルガです」

「そう、ヴォルガくん。その時のことを詳しく聞かせてはくれないか?」

「分かりました。では」



 ヴォルガはカルスが消えた時の様子を事細かく話した。

 それを聞いたサリアは「なるほどねえ」と頷く。


「足元に魔法陣が現れ、そして一瞬で消えたと。『次元魔法』の中でも高度な転移系魔術といったところか。その白竜の像を調べられれば転移先を調べることもできたけど、ここじゃあそれ以上推測しようがないねえ」

「それは調べて分かるものなのですか?」

「まあね。魔法陣の模様が分かれば更に絞れる。なに、そんなに難しいことではないよ、事前知識さえあれば君にだって分かるだろう」


 こともなげにそう言うサリアを見て、ヴォルガは内心舌を巻く。

 目の前の先輩は、像を調べさえすれば転移先が分かると言っている。そんなこと大人の魔法使いでもできる者は限られるだろう。そもそもあそこにいた面子では像を調べるという発想さえなかった。

 サリアが優秀であることは知っていたが、ここまでとは。ヴォルガは幼女にしか見えない先輩の評価を改める。


「それにしても『次元魔法』か。それはちょっと不味そうだねえ」

「え? 何がですか?」


 サリアの意味深な言葉にジャックが反応する。


「次元魔法で別の場所に飛ばされた者は、しばらく魔法が使えなくなるという事例があるんだ。次元魔法というのは珍しく、ほとんど見かけられないものだから魔法が使えなくなる理由というのは判明していないんだけどね」

「じゃあカルスは今魔法が使えないのかもしれないんですか? それってかなりマズいんじゃ……!」


 ジャックの言葉にクリスがびくっと反応する。

 不安で暴れそうになる体をぎゅっと両手で押さえ、唇を強く噛む。

 今動いても事態が好転しないことは彼女もよく理解していた。


「落ち着きたまえ。まだ魔法が使えなくなったと決まったわけじゃない」


 魔法が使えなくなる理由としてもっとも有力な説は『転移酔い』と呼ばれる現象だ。

 急に場所が変わったせいで環境の変化に体がついていけず、不調になることを俗に『転移酔い』というのだ。

 体が不調になったことで魔法も使えなくなる。という説が今はもっとも有力だと言われている。


 しかしその説はまだ立証には至っていない。

 サリアは何か他に考えられる理由はあるか考える。


 思考の海に漂うこと数秒。

 彼女はあることに気が付き、「あ」と声を発する。


「……なんでこんな簡単なことに気が付かなかったんだ。自分の馬鹿さ加減が嫌になるよ……!」


 サリアは慌てて部屋にある魔道具をゴソゴソとイジり始める。

 他のメンバーは彼女の突然の行動に首を傾げる。


「あの……サリア先輩?」

「ちょっと静かにしてくれたまえ!」

「は、はい」


 マジトーンで怒鳴られ、ジャックはしゅんとする。

 そんな彼を余所に、サリアはある魔道具を起動させる。


「……転移で魔法が使えなくなる現象は知っていた。その理由について考えたこともある、まあこれだって説は思いつかなかったけどね。でも今は違う、その時には知らなかったことを今は知っている」

「それって……」

「精霊のことさ」


 その言葉にジャックとクリスは「?」と首をひねる。

 一方ヴォルガはサリアの言わんとしていることに気がついたみたいで「そういう、ことか……」と驚きの表情を浮かべる。


「分かりやすく説明しよう。転移にも『範囲指定』と『対象指定』が存在する。その名の通り範囲指定は一定範囲内の物を転移させ、対象指定は特定の人物や物を転移させる。ここまでは分かるね?」


 ジャックとクリスは首を縦に振る。


「じゃあ『対象指定』でその人物が転移した時……その人物に憑いていた精霊はどうなると思う?」

「「あ……」」


 サリアの言葉が意味することを理解し、ジャックとクリスは声を漏らす。


「そう、転移は人と精霊を引き離してしまう可能性がある。それゆえに転移後の人は魔法を使えなくなってしまうんだ」


 サリアは言いながら魔道具を起動させる。

 ブゥン……と音を立てながら起動する魔道具。それを触りながらサリアは言葉を続ける。


「さて、ここで問題だ。残された精霊はどうすると思う? 当然主人のもとに戻りたいが、宛などない。となれば取る手段は一つ」


 魔道具の効果が発動し、空間が特殊な力場に包まれる。

 するとその部屋に……ある人物が姿を現す。


「もっとも主人と出会いそうな人物に付いて行く……そうだろう? 光の姫君よ」


 にやりと笑うサリアの視線の先。

 そこには魔道具の効果により姿を現したセレナの姿があった。


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新作「引きこもり皇子、大魔導師になる 〜引きニート皇子はいらん!と皇家を追放された皇子、辺境の地でうっかり魔の真髄に至ってしまう。ゆっくり引きこもって魔法の研究をしたいのにみんなが離してくれません〜」を投稿しました!

https://kakuyomu.jp/works/16817330655065458659


こちらもとても面白いので、読んでいただけると嬉しいです!

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