第11話 地上では

 その者たちは……長く、長く潜んでいた。

 暗い地の底で肩を寄せ合い、ずっと復讐の機会を伺っていた。


 闇より生まれ出でた者たちは、他の生き物とは根本から異なる。


 他の生き物が『自らの幸せ』のために生きるのに対し、闇の生き物は『他人の不幸』のために生きるのだ。

 そこに善や悪は関係ない。ただそれだけが彼らの行動理由、愛情表現、生きる意味なのだ。


 ゆえに長い間地の底にいた彼らは渇望していた。

 悲鳴に、苦痛に、怨嗟に、狂気に、そして絶望に。


 それらのみが彼らの飢えを、渇きを癒してくれる。


『オオ、ォ……!』


 地面に小さくヒビが割れ、最初の魔の者が地上へと出てくる。

 降り注ぐ日光がその者の肌を甘く焼く。


 五百年ぶりの日差それに鋭い痛みが走るが、今はそれすら心地よいと感じた。


『ウウ……』


 辺りを見渡すと、そこには建物がたくさんあった。

 綺麗で、整備された場所だ。人の匂いもたくさんする。


 ここならたくさんの痛みと恐怖を生むことができる。魔の者の醜悪な口が笑みを浮かべる。


 仲間が続くのを待たず、その者は人を探し始める。

 もはや野生動物でも構わない。だれでもいいから痛みをくれ。


 そう思う魔の者の前に、一人の人間が現れる。


「……これが魔の者、か。確かに今まで見たどんな生き物よりも恐ろしいの」

『ウゥ……ッ』


 現れたご馳走を見て、魔の者は口から涎をボトボトと落とす。

 多少歳をっていて肉は少なめだが……まあいい。待ちに待った食事の時間だ。仲間が来る前にいただくとしよう。


 魔の者は口の中に広がるであろう味を想像しながら、その老人に近づいていく。


『ニグ、グワセロ……』

「驚いた。言葉を理解しているとはな」


 老人は構えていた杖を、一旦下げる。

 そして言葉による意思疎通を試みる。


「悪いがこの地にはもう人が住み着いておる。他所に暮らしてもらえると助かる。もし受け入れてくれるのならば、移住の支援は最大限行う」


 もし他人が見れば、老人の行いを非難するであろう。

 化物と対話しようとするなど普通の人間であればしない。すぐに殺せと言うだろう。


 しかしその老人は違った。

 たとえ相手がどのような化物であろうと、戦闘以外に取れる道があるならそれを模索する。昔からそういう考えを持っていた。


 そのおかげで分かりあえた者もたくさんいる。しかし今日出会った相手は……そうはいかなかった。


『コロス……ジネッ!!』


 大きな口を開け、 魔の者は襲い掛かってくる。

 老人は逃げることなく。 それを正面から迎え撃つ。


「光のラ・ホウク


 老人が杖を振るうと、光の鷹が出現しその翼で魔の者の体をを真っ二つに切り裂く。


『ガ……ア……!?』


 何が起きたのかすら分からぬまま、魔の者は崩れ落ちる。

 その肉体は泥のように溶け、そして消える。後には何も残らなかった。


「死ぬと体は消え去るのか。死体の処理をしなくてよいのは楽だが、これでは生態を調べることはできんな」


 魔の者が消え去った地面を調べながら、元賢者ゴーリィは呟く。

 すると彼の後ろに鉄兜で顔を覆っている男が現れる。


「準備が整ったぞゴーリィ。こっちはいつでも始められる!」

「ありがとうございますメタル殿。助かります」


 ゴーリィが礼を言った相手は、大賢者の一人メタル。

 “鉄人”の異名を持つ魔術協会きっての武闘派だ。


 古くから協会に在籍している彼は、ゴーリィとの付き合いも長い。

 癖の強い者が多い大賢者の中ではメタルはかなりまともな部類に入る。ゴーリィは彼のことが嫌いではなかった。


「それにしても驚いたぞゴーリィ。まさかお前が協会を辞めるなんてな。しかも大賢者の席を蹴ったらしいじゃないか! エミリアもさぞ驚いたことだろう!」


 ハッハッハ、と笑うメタル。

 兜で表情こそ見えないが声はかなり楽しげだ。


「後悔は、ないのだな?」

「はい。微塵も」

「ならばよい! 短い人生、悔いのないよう生きなければな!」


 話しながら、二人は学園の中庭に到着する。

 そこには協会から送られてきた魔法使い約百名、学園の教師約十名、王国の騎士三十名程が集まっていた。


 すでに魔法学園から生徒の避難は完了し、学園の外に出られないよう結界も張ってある。

 あとは現れるであろう魔の者を全て倒すことができれば、万事解決だ。


「メタル殿はこの戦、勝てると思いますか?」

「当然だ。私がいるのだからな」

「ほほ、それは心強い。存分に頼らせてもらいますぞ」


 と、そのようなことを話していると一人に人物がゴーリィのもとにやってくる。

 燃えるような赤い髪に、鍛えられた肉体と鋭い眼光。彼の顔を見たゴーリィは驚いたように目を丸くする。


「これは驚いた。まさか殿下・・がいらっしゃるとは……」

「お久しぶりですゴーリィ殿。ご壮健のようでなによりです」


 そう言ったのはレディヴィア王国の第一王子にしてカルスの兄、ダミアン・リオネール・レディツヴァイセンであった。

 王子でありながら腕の立つ戦士でもある彼は、騎士を率いてこの危機に馳せ参じたのだ。


 ゴーリィは一旦メタルと別れ、ダミアンと二人になる。


「人払いなら兵士たちが済ませています。安心して戦ってください」

「ありがとうございます殿下。ちなみに魔の者のことは民に知らせているのですか?」

「いや……知らせていません。民には危険な魔物が現れたので近づかないようにとだけ報が出ているはずです」


 ダミアンは少し暗い表情をしながらそう答える。


「民を騙すような真似をするのは心が痛みますが、魔の者が現れたことが他国に知られるのは非常にマズい。帝国がこのことを知れば侵攻する口実にするでしょう」


 王国の北東部に位置する国家『イングラム帝国』。

 帝国と王国は昔から仲が悪く、過去に大きな戦争を二度起こしたことがある。


 最近は小競り合い程度で済んではいるが、もし魔の者の事を知れば大陸平和の大義名分のもと、王都を攻撃する恐れがあった。


 帝国は大陸有数の軍事国家。

 王都が陥落すれば王国は長くは持たない。あっという間に侵略され尽くしてしまうだろう。


「ゆえに父上の決定に文句はありません。それよりも今一番気がかりなのは……」

「カルスのこと、ですな」


 ゴーリィの言葉にダミアンは頷く。

 既にカルスが失踪したことは彼や国王ガリウスの耳にも入っていた。


「遺跡に入ったのはカルスが望んでのこと。学園や教師を攻めるつもりはありません。しかしカルスに何かあったのなら……冷静でいられる自信はありません」


 そう語るダミアンの目には強い想いを感じ取られた。

 それが怒りか悔しさか、それとも何か別の想いであるのかゴーリィには推し量れなかった。


「カルスはようやく人として普通の暮らしを送れるようになった。それなのに、なぜあいつばかりがこんな目に合わなければいけない……!」

「ええ、必ず助け出しましょう殿下。私も全身全霊を持って望ませていただきます」


 カルスを助けるため、決意を新たにする二人。

 すると次の瞬間、地面に大きな亀裂が入り黒く蠢く異形の者たちが姿を現す。


 ダミアンはすぐさま行動し、騎士たちに命令を出す。


「絶対に奴らを敷地外に出すな! 王国騎士団の名に恥じぬ活躍をしろ!」


 ダミアンの鼓舞により、騎士たちは雄叫びを上げながら魔の者に斬りかかる。

 負けられぬ戦いが、今始まったのだ。

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