第10話 姉妹

 その槍に装飾の類はない。

 ただ対象を貫くためにのみ存在するそれは、決して飾らず、媚びず、だからこそ美しい形をしていた。


「これが白竜の槍……」


 自らの手に収まる槍を見て、カルスは呟く。

 魔力によって具現化されたそれに重さはない。しかしそれに込められた力はとてつもない物だとカルスは感じた。


「あ……」


 槍はしばらくするとフッと消えてしまう。

 カルスはもう一度槍を出そうとするが、それをライザクスに止められる。


『まだ槍はそなたの体に定着しきっていない。使いすぎると体に負荷がかかってしまうからよしておいた方がいい』

「わ、分かりました」


 カルスは無闇矢鱈にこの技は使わないようにしないとと思った。


『さて、話はこれくらいにして地上に行くとしよう。槍がかけられていた台座に魔力を流せば地上に転送する魔法が発動するようになっている』

「分かりました。でもその前にあと二つ、聞いておきたいことがあります。よろしいでしょうか」

『無論だ。申してみよ』

「なぜ魔の者は今活動を開始したのでしょうか? もしかして……僕の呪いと関係あるのでしょうか?」


 カルスの問いに、ライザクスは少し考えるような素振りを見せたあと、答える。


『おそらくだが……関係はある。五百年前と今、忌み子の誕生と魔の者が活性化した時期が被ったのは偶然ではないだろう。魔の者は闇の魔力で構成された魔法生命体。そして呪いもまた闇の魔力が由来とされている。二つは近しい存在なのだ』


 ライザクスはそう言った後、カルスをフォローするように優しい口調で言う。


『そなたは自分が来たせいで魔の者が活性化したのではないかと心配しているのだろうが、それは違う。魔の者の活性化はもっと別の、大きなものが原因だろう。そなたが来ずとも魔の者は活動していただろう』

「……ありがとうございます。そう言っていただけると救われます」


 カルスは心底ホッとする。

 故意ではないとはいえ、もし自分が原因だったのなら彼は自分を攻め続けていただろう。


『ではもう一つ聞きたいこととやらを言うといい』

「はい。ライザクスさんの姿はなんで僕たちに見えるのでしょうか?」

『そのことか。我はただの精霊ではない。誇り高き竜族として生を全うした我は、高位の精霊となった。高位の精霊であれば人に見えるよう知覚領域を広げることも可能。少しコツはいるがな』

「……え?」


 ライザクスの言葉にカルスは困惑する。

 なぜなら彼の相棒である光の精霊セレナも、高位の精霊であるはずだからだ。


 それなのに彼女は普通の人間に姿を見せることができなかった。一瞬それができることを隠しているのかと思ったが、すぐにカルスはその考えを振り払う。彼女が裏切るはずがない、そう思ったのだ。


「ライザクスさん、実は……」


 カルスは自分の精霊のことをライザクスに説明する。

 自分には光の精霊の姫であるセレナがついていること。自分は彼女を見ることができて、会話しているということ。今は離れ離れになっていること。そして彼女は人前に姿を現すことができないということ。

 全てを正直に話した。


『なるほど、光の精霊の姫、か。その者が姿を現す方法を知らぬのも無理はない』

「どういうことでしょうか?」

『精霊の姫は何人もいるが、その中でも光の姫はもっとも末妹。一番後に生まれ、それゆえに何も教えてもらえなかったのだ』

「末妹ってことは……セレナには姉妹がいるんですか?」


 カルスは驚いたように尋ねる。

 姉妹がいるなんて話は一回も聞いたことがなかったのだ。


『姉妹と言っても生物のように血が繋がっているわけではない。彼女たちは産まれ方が同じなのだ』

「産まれ方、ですか?」

『然り。話すと長くなるので割愛するが……そうか、セレナという名をつけたか。あやつはこれを知っているのか……?』


 ライザクスはぶつぶつと喋りながら考え事をする。


「あの……」

『ああすまない。こっちの話だ。とにかく、光の姫が知らないのも無理はないという話だ。そやつは親や姉妹から知識を授かる前に一人になってしまったのだろう。なに、我がコツを教えればすぐに姿を現せるようになる。ここから出れたらそうしようではないか』

「はい、ありがとうございます!」

『うむ。それでは早速地上に戻るとしよう。止まり石は持っているか?』


 ライザクスの問いに、カルスは首を傾げる。

 すると隣りにいたセシリアがすかさずフォローをする。


「止まり石は宿り石の古い呼び名です」

「ああ、そういえばそうだったね。ええっとここに……あった」


 カルスは小鞄ポーチの中から白い石を取り出す。

 宿り石、古くは止まり石と呼ばれたその石には、精霊が腰を下ろし休む。今でも祠などには宿り石が置かれ精霊に祈りと供物を捧げる地域がある。


「これをどうするんですか?」

『既に体験していると思うが、次元魔法は精霊と人を引き離してしまう。しかし止まり石に触れていれば精霊も人とともに移動することができるのだ』

「なるほど……つまりライザクスさんも一緒に外に行けるってことですね」

『左様。魔の者を倒すのに我の力も必要だろう』

「助かります。ライザクスさんがいれば百人力です」


 そうだろう。と、ライザクスは嬉しそうに笑みを浮かべる。

 頼もしい味方を得たカルスは、さっそく台座に触り地上に転移しようとする。しかし、


「わわっ!?」

「きゃあ!?」


 突然大地が大きく揺れ、カルスとセシリアは大きく姿勢を崩す。

 なんとか踏みとどまり倒れることはなかったが、二人は警戒する。


「今のって……」

『魔の者、であろうな。思ったよりも行動が早い、もしかしたらもう地上に出ているかもしれぬ。急いだ方がいいかもしれぬな』

「分かりました、急ぎましょう」


 魔の者が暴れれば王都が危ない。

 カルスたちは急ぎ地上に向かうのだった。

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