第9話 ただ友のために

 忌み子は成人を迎える前に――――死ぬ。


 改めて告げられる残酷な真実。

 カルスの隣でそれを聞いていたセシリアは、心配そうにカルスの事を見る。


 傷ついてないか、絶望していないか。そう心配する彼女だが、カルスの目は死んでおらず、まっすぐに白竜のことを見ていた。


「そうでしたか。貴重なお話を教えていただき、ありがとうございます」

『……今の話を聞いて絶望しないのか? 人の歳はよく分からぬが、そなたの残り時間はもう長くあるまい』

「絶望なら嫌ってほどもうしました。僕は昔、あと半年しか生きられないと言われたんです。今更あと五年も生きられないと言われたくらいじゃ絶望しませんよ」


 そう言ってカルスはニッと笑ってみせた。

 ライザクスはその笑顔がかつての相棒と重なって見えた。


『……懐かしいな。あやつもどんな逆境でも決して挫けぬ男であった』

「どうかされましたか?」

『いや、なんでもない。少し昔を思い出しただけだ』


 受け継がれたのは血だけではない。

 五百年の時が経っても相棒の心は継がれ、残っていたのだとライザクスは理解した。


『さて……昔話はこれくらいにするとしよう。あの時の生き残りが動き出した、そうであろう?』

「そ、そうでした! 魔の者が復活したんです! あいつらはアルス様が倒したはずなのに、なんで今になってまた現れたのですか!?」

『確かに地上の奴らは我が光によって殲滅し尽くした。しかし一部の魔の者は我の存在に恐れをなし、地中深くに身を隠していたのだ。そしてジッと力を蓄え、闇の力が強くなる時を待った』

「その時が今、ということですか」


 カルスの言葉にライザクスは頷く。


『魔の者が地中にいると分かったのは、アルスが動けなくなるほど衰弱してからであった。すでに地中深くに潜んだやつらを倒すことはできない。我とアルスは奴らを倒すことを子孫に託した。奴らを倒す方法を書に残し、この遺跡を立てて精霊と化した我をここに置いた。王都を移すことも考えたが、魔の者が蔓延ってから気づくのでは遅すぎる。復活したことをいち早く知るためにも王都は移さなかった。なにより魔の者を退け、ようやく幸せな暮らしを手に入れた民にそのようなことをあやつは言えなかった』

「なるほど、そうだったんですね。でも書に残したとおっしゃいましたが、そのような物が残っているとは聞いたことがありません」

『そうか。だがそれも無理はない、当時は王座が無血で変わることの方が少なかった。宝石や貴金属ならまだしも、古い書物など焼かれても無理はない』


 今は平和なレディヴィア王国だが、そうではない時代もあった。

 むしろカルスが他の兄弟と仲が良いという状態のほうが異常なほどだ。王位を争い兄弟を殺したなどよくある話なのだ。


『アルスは書が焼かれることも考慮していた。ゆえの我だ。肉体を捨て、精霊と化した我は決して消えぬ存在となる。魔の者どもを監視し、アルスの意思を継ぐ者に力を貸すため、我は白磁の鱗を捨てこの遺跡で眠りについたのだ』

「な……!?」


 カルスは絶句する。

 てっきりライザクスは別の理由で死に、精霊と化していたのだと思っていた。


 だが事実は違った。

 ライザクスはこの王国の未来のため、友の願いを守るために自ら死を選んだのだ。


 そしてただ一人この暗い遺跡で眠りについた。

 いつ訪れるか分からないその時のために。


「どうして。どうしてそこまでしてくださるのですか? 貴方は竜だ、竜とともに生きる道もあるというのに、なんで人のためにそこまで……」

『種族など関係ない。生まれも姿も違えど、アルスは我の一番の友であった。理由はそれだけで充分だ』


 そう語るライザクスは後悔しているようすなど少しも見えなかった。

 彼の深い絆に触れたカルスは目頭が熱くなる。


「……ありがとうございます。貴方の想いに応えるためにも、必ず魔の者は倒してみせます」

『ああ、期待しているぞ』


 ニィ、と牙を覗かせながらライザクスは笑みを浮かべる。


『それではカルス。そなたに我が力を授ける。天を裂き、闇を滅する我の力。使いこなせば魔の者など恐れるに足りぬ』

「はい……お願いします! まずは何をすればいいのでしょうか?」

『我が現れる前、そなたは我の「槍」に触れたはずだ。覚えているな?』

「槍、ですか?」


 カルスは脳内で槍を検索する。

 そして自分が台座に置かれていた『石の棒』に触れていたことを思い出す。


「あああの……じゃなくて、槍、ですね。はい、覚えてます」

『少し怪しいが、まあいい。それこそが我が力の結晶なのだ』


 ライザクスは自らの長い尻尾をカルスに見せる。


『我は双尾の竜であった。しかし今は一本しか尾は存在しない』

「あ、本当ですね。気が付きませんでした」


 レディヴィア王国の国旗には、二本の尾を持つ白竜の姿が描かれている。

 絵本などに描かれる白竜の尾も二本。しかしライザクスには尻尾は一本しか生えていなかった。


『魔の者との決戦前。我は自らの尾を一本切り落とし、それを鍛え上げ一本の槍を作った。そしてそれをアルスに与えたのだ』

「それがあの槍ってことですね。でもあの槍は触れた途端消えてしまいましたけど……」

『あの槍は消えてなどいない。そこにある』


 そう言ってライザクスが指さしたのは、カルスだった。

 その言葉の意味が理解できずカルスは困惑する。


「えっと、どういうことでしょうか?」

『我の作り上げた槍はただの槍にあらず。言うならば槍という概念を具現化した物だ。その形は定形ではなく、持ち主のありようによってその姿かたちを如何様にも変える』

「は、はあ」


 理解が追いつかずカルスは間の抜けた返事をする。

 それを察したセシリアはすかさずフォローを入れる。


「つまりその槍は形を変えカルスさんの体の中に入っている、ということでよろしいでしょうか?」

『うむ。そう捉えてもらって構わない』


 カルスはそれを聞いてなるほどと納得する。

 しかし体の中に槍があると言われてもピンとこない。特に槍が消える前と今とで体に差は感じなかった


『既に力の受け渡しは完了している。想像イメージするのだ、全てを貫く槍の姿を。そして唱えろ。その槍の名前は「光の竜槍ライザクス」。我が名を冠した最強の槍だ』


 カルスは自らの右手を見ながら想像イメージする。

 頭に浮かぶのは絵本に描かれたご先祖様の姿。白竜に乗り空を駆ける彼の手には光り輝く槍が握られていた。

 そういえば本によってその槍の形や大きさはまちまちだったな、とカルスは思う。

 伝承によって細部が異なるのは当然だから気にも留めなかったが、今にして思えばあれは槍の形が変えられたかもしれない。


 深く、深く集中したカルスは、右手に魔力を込め槍の名を口にする。


光の竜槍ライザクス!」


 次の瞬間、カルスの右手が激しく発光する。

 そしてその光が収まると、彼の手には淡く光を放つ槍が握られていた。

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