第8話 双尾の白竜
遺跡の中はかなり広い空間になっていた。
特に彫像などが置かれているわけではない、本当にただ広い空間。
その中をカルスとセシリアは進む。
「ここは一体なんのために作られたんだろう」
「やはり伝説の白竜を祀るため、でしょうか。あの白竜像が深く関係しているように思えます」
「そうだね、白竜はこの遺跡に関係していると思う。でもそれを祀るためだけに作られたとは思えないんだよね」
カルスはここまでの道中、歩きながらあることを考えていた。
それはなぜ自分とセシリアがここに転移させられたのか、ということ。
「僕たちが飛ばされた場所には、この遺跡に通じる道しかなかった。つまり僕たちは意図してこの遺跡に連れてこられたということになる。そしてこれを意図したのは多分……僕のご先祖であるアルス様だ」
レディヴィア王国初代国王、アルス・レディツヴァイセン。
強く、聡明な王であったとされる彼にはいくつも武勇伝があり、今もなおその話の数々は本や歌として残っている。
カルスの名前も元はと言えば、彼のように強く優しい人物に育ってほしいという願いから付けられている。
「ん? あれは……」
何かを見つけたカルスは、広間の中を進む。
するとそこには台座のような物がポツリと置かれていた。台座からは上に二本の支えが伸びており、そこに細長い棒のようなものが横向きにかけられていた。
「なんだろう、これ」
長さ一メートル半程度の石でできた棒。
よく見ると片方の先端が尖っている。これで刺されたら痛そうだが、武器としてはいささか使いづらそうに感じる。
「ただの石の棒、なわけありませんよね」
「この広間にはこの台座しか見当たらない。おそらく大切な物なんだろうけど……」
カルスたちは困惑しながら台座に近づく。
近くで見てもやはりその棒はただの石の棒にしか見えない。だがカルスはその棒に不思議な魅力を感じていた。
まるで長年それを探していたような、例えるなら恋心に近い想い。そんな気持ちが胸の内に湧いてくる。
「…………」
カルスは無意識に棒に手を伸ばす。
それに気がついたセシリアは「カルスさん!」と、その手を止めようとするが、それは一瞬の差で間に合わない。
「しまっ……!」
正気に戻るカルス。
しかしその手は棒へと触れてしまい、その瞬間、棒から凄まじい閃光が放たれる。
白竜の像から放たれたような強い光が、広間を埋め尽くす。
カルスとセシリアは目を手で覆い、しばらくしてからゆっくりと正面を見る。
するとそこには……真白な鱗を持つ、巨大な竜が姿を現していた。
「な……!?」
全長数十メートル以上はある、巨大な竜。その長い首につけられた頭部は、広間の天井についてしまうほど高い。
全身に白く輝く鱗が生えており、その一枚一枚は美術品のように美しい。
爪と牙は名匠が作り上げた刀剣のように鋭く、長くしなやかな尻尾はまるで意思を持っているかのようにたゆやかに動いている。
竜の瞳は野生の獰猛さを持ちつつも、知性を感じさせるものだった。
まるでこちらの考えていることが分かっているのではないか、とカルスたちに思わせるほどに。
『何年か』
「……へ?」
突然竜が喋りだし。カルスは困惑する。
竜は高い知能を持っているとは本で見たことはあったが、会話ができるとまでは聞いたことがなく、カルスは驚く。
当然セシリアもそのことは知らなかったので隣で驚いていた。
『今は何年か。と聞いている』
「あ、えーと、今は1555年です。神亡暦で」
『なるほど……もうあれから五百年以上経つのか。早いものだ』
竜は昔を懐かしむように、しみじみと言う。
カルスはそんな竜を見ながらあることに気がつく。
それは竜の体が透けているということ。体が薄く発光しているため気が付かなかったが、その竜の体は半透明であり、実体がないように見えた。
となるとこの竜は精霊となっている可能性が高い。
しかしそれだと疑問が残る。
カルスがそれを見ることができるのはまだいい。呪いを宿しているカルスは憑いている精霊の姿を見ることができるからだ。初めて会う白竜を見ることができる理由は分からないが、まだ分かる話だ。
しかし白竜の姿はセシリアの目にも映っていた。
それゆえにカルスは目の前の白竜に実体がないことに気がつくのが遅れたのだ。
「あの、すみません。貴方はアルス様と一緒に魔の者を倒した白竜様なのでしょうか?」
意を決し、カルスは白竜に話しかける。
すると白竜は頭をカルスたちの目線に合わせるように下に降ろす。
白竜の顔は大きく、口を開けば人など丸呑みにできてしまえそうだ。カルスとセシリアは緊張する。
『左様。我が名はツヴァウ・ライザクスⅣ世。誇り高き双尾の白竜にして、英雄アルスの無二の友なり。会えて嬉しいぞアルスの子孫よ』
「……っ!!」
自分がアルスの子孫だと看破され、カルスは驚く。
一方ライザクスと名乗った竜はジッとカルスを見つめながら言葉を続ける。
『驚くことはない。そなたの魔力はあやつによく似ているからな』
「そうなんですね。光栄です」
アルスはカルスにとって尊敬する人物である。
似ていると言われて純粋に嬉しかった。
『少年よ、名はなんという?』
「申し遅れました。私の名前はカルス・レディツヴァイセンと申します。貴方を語ったお話、『白竜伝説』は小さい頃によく聞きました。お会いできて光栄です」
『そうかそうか。我の武勇は語り継がれていたか。悪い気分ではないな』
ライザクスは低い声で嬉しそうに笑う。
時折見せる遠くを見るような目は、昔を思い出しているのだろうか。
『……カルスよ。よく見ればお主の顔はアルスに似ておるな』
「え、そうなのですか?」
『ああ。あやつも白い髪と赤い眼が特徴的で……』
と、そこまで言ってライザクスは何かに気づいたように言葉に詰まる。
そしてカルスのことを憐れむような目で見つめる。
『そうか……そこまで一緒であったか。ゆえに我らは引かれ合ったのだな』
「な、なにがでしょうか?」
ライザクスの意味深な言葉にカルスは不安そうな表情を浮かべる。
すると白竜は少し考え込んだ後、驚きの事実を口にする。
『我の相棒アルス。誰にも明かしはしなかったが、あやつはその身に強い呪いを宿して生まれた「忌み子」であった』
「え……!?」
ライザクスの言葉に、カルスだけでなくセシリアも驚き言葉を失う。
アルスが若くして死んだというのは記録に残っている。しかし彼が呪われていたという記録はどこにも残っていなかった。
『呪いを解くためにあやつはあらゆる事を試し、我もそれを手伝った。魔の者を倒したのもその過程の内の一つであった。はは、まさか英雄と崇められ国王にまでなったのだから人生とは分からぬものよ』
次から次に明かされる衝撃の事実。
その話を聞いていたカルスは、堪えきれずライザクスに尋ねる。
「あ、あの! それでアルス様はどうなったのですか!? 記録だとアルス様は成人になる直前で不慮の事故により亡くなったとあります。呪いはどうなってのですか?」
『そうか。あれは……そうなっているか』
ライザクスはその先の言葉を躊躇ったが、真剣なカルスの顔を見て覚悟を決める。
相棒の子孫であるならば、残酷な現実にも耐えられると信じて。
『結論から言うと、アルスは呪いによって死んだ。光魔法、竜の血、あらゆる方法を試したが呪いの進行を遅らせることはできても完全に消すことは叶わなかった。忌み子……古い言葉では「黒の
伝説の白竜は心から無念そうに、そう言うのだった。
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余命半年の二巻が発売されました!
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