第7話 覚悟
「……いったいどういうことだい、これは」
そう呟いたのはもさもさした栗色の髪の毛が特徴的な少女、サリアだった。
現在彼女は研究施設兼自宅である時計塔の中にいる。
そこでいつものように研究作業に勤しんでいたのだが、突然時計塔の中に人が押し寄せてきたのだ。
時計塔の入り口は特殊な錠で閉められている。
よって簡単に入ることはできないのだが、今来た三人の人物は時計塔への立ち入りを許可されており、容易に中に入ることができた。
「ごめんサリア先輩。少し匿ってくれませんか?」
そう言ったのは後輩のジャックであった。
彼の後ろには同じく後輩であるクリスとヴォルガの姿があった。
「匿うとは穏やかじゃないねえ。いったいどうしたんだい?」
「実は……」
ジャックは大穴の中で何があったのかをサリアに話した。
最初はふんふんと聞いていたサリアだが、魔の者が現れた話になってからは目つきが鋭くなった。そして全てを話し終える頃にはすっかり真剣な表情になっていた。
「なるほど、まさかそんなことになっているとはね」
大穴についてはサリアも色々な仮説を立てていたが、現実はその中でも最悪の部類に入った。
もし魔の者が王都に出てきてしまったら、どれだけの被害が出るか想像もつかない。
もしこのことを国民が知ったら混乱が巻き起こり、多くの犠牲者が出てしまうだろう。
知っても知らなくても被害は甚大。サリアは事態の深刻さに辟易する。
「なるほど、状況は分かった。分かったけど……君たちはなんでここにいるんだい? 帰るよう言われたんじゃないのかい?」
「確かに先生にはそう言われました。後のことは大人に任せろって」
サリアの問いに、今度はクリスが答える。
「言われましたけど……はい分かりましたって納得はできません。今この時もカルスは危険に晒されている。カルスの安全が確認できていないのに帰るなんて、私はできません」
クリスの言葉にジャックとヴォルガも頷く。
「同感だ。このまま帰ってはジャガーパッチ家の名が廃るというものだ」
「お、俺だってややややってやる。あんな
ジャックは震えながらも啖呵を切る。
既に全員、覚悟は決まっていた。
「このまま外にいたら先生たちに追い出されてしまうでしょう。だから事態が動くまで時計塔にいさせてほしいんです」
「なるほど。確かにここなら先生も入っては来れない。下手に隠れているよりも見つからないし、ここなら外の状況もよく分かる」
時計塔の窓からはあの大穴もよく見える。
外の状況を確認するにはうってつけの場所だ。
「しかしいいのかい? こんなことがバレればそれ相応の罰が課せられるかもしれない。強制退学、という可能性もゼロではないよ」
脅すようにサリアは言う。
しかしそれでもクリスたちは怯まなかった。彼女たちの覚悟を見たサリアは「そうかい」と嬉しそうに笑みを浮かべる。
「どうやらこれ以上聞くのは野暮みたいだね。いいだろう、手狭ではあるがここを好きに使うといい」
「本当ですか!? ありがとうございます!!」
クリスはパッと顔を明るくさせ、頭を下げる。
「なに、先輩として当然のことさ。それより少し休むといい、穴の中で戦って疲れているだろう?」
クリスたちはサリアに言われた通り、椅子に座った少し休息を取る。
それを見たサリアは窓際に移動し、ポッカリと空いた大穴に視線を移す。
「こんなに愛されているなんて助手くんは幸せ者だねえ。帰ってこなかったらしょうしちしないよ」
サリアは誰に言うでもなく、そう呟くのだった。
◇ ◇ ◇
時を同じくして洞窟内。
暗闇の中をカルスとセシリアは手をつなぎながら歩いていた。
「ここ段差あるから気をつけて」
「は、はい。ありがとうございます」
時折そうやってエスコートしながら二人は進む。
カルスは今までセシリアを年上の上級生として扱っていた。しかしその正体を明かされてからは昔のように接することができていた。
セシリアは口にこそしないが、そのことがとても嬉しかった。
「ふふ。こうして歩いているとまるで昔に戻ったみたいです」
「そうだね。シシィが屋敷にいた時間は短かったけど、とても楽しかったのを覚えているよ」
屋敷から出ることのできなかったカルスには、友人と呼べる存在はシシィとクリスくらいしかいなかった。
二人を過ごした日々は合わせても一月に満たない。しかしその間の思い出は今でも鮮明に思い出せるほどカルスの脳に焼き付いていた。
「今までは距離があったけど、これからは休みの日に遊びに誘っても大丈夫かな?」
「は、はい! もちろんでヒュ!」
カルスの言葉に、セシリアは食い気味で返事をし噛んでしまう。
そんな彼女の姿は昔のままで、カルスは思わず「ぷっ」と笑ってしまう。
「ひ、ひどいです! 笑わないでください!」
「ごめん、悪気はないんだ……ふふっ」
失った時間を取り戻すかのように、二人はじゃれ合いながら洞窟を奥に奥に進む。
するとむき出しだった地面に、石畳が現れ始める。
それと同時に壊れた柱のような物も目につくようになってきた。自然と二人は会話をやめ、辺りを警戒し始める。
「……これは」
立ち止まり、カルスが呟く。
二人の前に現れたのは、大きな遺跡だった。
白竜の像が置いてあったあの遺跡よりもずっと大きな遺跡だ。
ランタンでは上の方が見えないほど、大きな遺跡。一体中に何があるのだろうか、カルスは緊張しゴクリとつばを飲み込む。
「カルスさん」
そんな彼の緊張を察したセシリアは、彼の手を包むように握る。
その手は柔らかくて、暖かくて。カルスは緊張が優しく解けていくのを感じた。
「……ありがとう。もう大丈夫」
「はい。行きましょう」
覚悟を決めた二人は、遺跡の中へと足を踏み入れた。
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