第5話 予期せぬ来訪

「そろそろ落ち着いた?」

「……はい」


 カルスに身を預け、頭をなでられること五分。

 セシリアは少し名残惜しそうにしながらもそこから離れる。


 さすがにカルスも恥ずかしかったみたいで頬がほんのり赤い。


「ところで『シシィ』っていう名前は偽名だったの? セシリアが本名だよね?」

「シシィは幼名、小さい頃のあだ名みたいなものです。カルス様のもとに行った時は聖女が行う大陸巡業の最中でした。巡業中は身分を隠すためその名を使っていたんです」

「そうなんだ。ちなみにこれからはどっちの名前で呼んだほうがいいかな? やっぱり人前でシシィって呼ばない方がいい?」

「そうですね、他の方にその名を知られるのは少し恥ずかしいです」

「そっか、じゃあ今まで通りに呼ぶね」

「はい。ですが……二人きりの時でしたら、その、構いません。むしろシシィと呼んでいただける方が嬉しい、です」

「わ、わかった」


 恥ずかしそうに言うセシリアにつられ、カルスもなんだかはずかしくなり頬をかく。

 この時カルスが思い出したのは、セシリアが自分に唇を重ねたときの感触。半分意識を失っていた状態とはいえ、その感触は強くカルスの脳に焼き付いていた。


「えっと、そろそろ先に進んでみる? あっちの方に道が続いているみたいだったよ」

「そ、そうですね。そうしましょうか」


 お互いあのことは口に出さず、話を進める。

 積もる話もあるがそれもあと。今はここから出るのが優先だ。


「それじゃ行こうか、シシィ」

「……! はい!」


 差し出された手を取ったセシリアは、カルスとともに闇の中へ進むのだった。



◇ ◇ ◇



「……状況は分かりました。すぐに生徒を避難させましょう」


 真剣な表情をしながら、魔法学園の長ローラ・マグノリアは言う。

 彼女の前に立つのは教師マクベル一人。

 命からがら洞窟から抜け出すことに成功した彼は、すぐに学園長であるローラに報告に来たのだ。


「この件は帰ってきた生徒以外に知っている者はいますか?」

「いえ、まずは学園長に知らせるべきと思い、他の者には言っておりません。生徒たちにもまだ他言しないようにとは伝えています」

「それは良かった。このことは生徒たちには知られないようにお願いします」

「……それはこの件を『隠蔽する』ということ認識でよろしいでしょうか」


 マクベルの言葉に、学園長室の空気がピリつく。

 しかしその攻めた言い方にローラが怒ることはなかった。あくまで真剣な表情を崩さず、マクベルに返答する。


「この件が知られれば確実に王都全体が混乱に陥ります。その騒ぎがどれだけ被害をもたらすか、私には想像もつきません。まずはこのことを国王陛下に報告し、指示をあおぐ必要があります。もはやこの件は私の手に負えるものではないのです」

「……申し訳ありません。考えもなく強い言葉を使ってしまいました」


 マクベルは自分の浅慮を恥じる。


「いいのですよマクベル先生。貴方のような生徒思いの先生は学園の宝です。今は謝罪より先にやらなければならないことがたくさんあります。お手伝いいただけますか?」

「は、はい! もちろんです!」


 大きな声でそう返事をするマクベルを見て、ローラは頬を緩ませる。


「ではまずは魔術協会に連絡していただけますか? 不本意ではありますが協会の力を借りる必要があります。ですので……」

「その必要はないよ」


 突然学園長室に響く、第三者の声。

 ローラとマクベルが驚き学園長室の扉の方に目を向ける。そこにいたのは……


「やあ、久しぶりだねローラ。元気にしてたかい?」

「……エミリア会長。なぜ貴方がここに……!」


 そこにいたのは魔術協会の長、エミリア・リヒトーであった。

 いったいいつから、なぜこのタイミングでここに。ローラとマクベルは動揺を隠せなかった。


「そろそろ私を頼る頃だと思ってね。いいタイミングだったろう?」


 楽しげに笑うエミリア。

 何もかもお見通し。そんな思いが透けて見えローラは内心苛立つ。


 しかしそんな気持ちを表情に表しては更にエミリアを喜ばせるだけ。ローラは努めて冷静に、落ち着いてエミリアに対応する。


「会長、貴方はこの事態を予期されていたのですか?」

「忘れたのかい? 私は超一流の占星術師だ。このような大きな催しイベント、予見できて当然だ」


 親指と人差し指で作った輪っかを目で覗きながら、エミリアは言う。

 その軽薄な態度に、さすがのローラも苛立ちを隠しきれなくなってくる。


「でしたらなぜその事を予め言っていただけなかったのでしょうか。知っていれば事前に防げたのかもしれないのに」

「大いなる流れの前に小細工は無意味、下手に動けば事態が悪化することも考えられる。起こした後に適切な対処を、それが運命との賢い付き合い方だよ。それに私は魔法学園の立ち入りを禁止されていたからねえ、恨むなら国王陛下を恨んでおくれよ」

「ぐ……!」


 苛立たしげに歯噛みするローラ。

 しかしここでエミリアを糾弾しても事態は好転しない。今はウサを晴らすことよりもやるべきことがある。

 もしエミリアの機嫌を損ね、協会の助けを得られないとなれば、状況は更に悪くなってしまう。


「あ、そうそう。ちゃんと戦力は連れてきたから安心してくれていいよ。学園ここが潰れるのは私としても本意ではないからねえ」


 そう言ってエミリアはパチンと指を鳴らす。

 すると学園長室の中に二人の男が入ってくる。


 一人は長身の男。

 年は六十程度だろうか。やせ細った体に曲がった腰、手には杖を持っている。

 髪は荒れ伸びており、身にまとう布は汚れている。

 乞食だと言われても納得の見た目をしている。


 そしてもう一人は兜を被った男性。

 顔は完全に兜に覆われていて素顔を見ることは出来ない。

 一方体には鎧のたぐいは一切身につけておらず、むしろ薄着だ。

 鍛え抜かれた筋肉を見せびらかすように袖のない服を着ており、先の男と違い強そうな印象を受ける。


 その二人の人物を見たローラは驚き、更に険しい顔つきになる。


「『枯れ木のムーングリム』に『鉄人メタル』……まさか大賢者・・・を二人も連れてくるなんて……!」

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