第4話 知っていた

 セシリアはまずカルスの服を脱がせ、傷の具合を確認する。


「これは……ひどいですね」


 顔をしかめるセシリア。

 服を脱がせてまず目についたのは胸にこびりついた黒い膿、『呪い』だ。

 カルスはセシリアが気を失っている間、呪いの力を用いて戦っていた。それはすなわち呪いを活性化させたということだ。


 光魔法を使うことができない状況でそんなことをすれば当然呪いの影響は強くなり、体を強く蝕む。カルスは傷と呪いによりかなり危険な状態に陥っていた。


「絶対に救ってみせます……!」


 セシリアの頭には人体の構造、治療、呪いに関する知識が詰まっている。その知識量は町医者ではとても敵わないレベルだ。

 その知識を総動員しセシリアはカルスの治療に当たる。


「まずは聖水で呪いを沈静化させ……薬草をすりつぶして傷口に塗る。いけない、こっちにも傷が……」


 彼女は洞窟の中で怪我をしたときのために、治療道具を一式持ってきていた。

 カルスが持っている者と同様、彼女が持ってきた小鞄ポーチは魔法の効果がかかっていて中にはたくさん物を入れることができるのだ。

 念のため持ってきておいてよかった。セシリアは治療に当たりながらそう思った。


「包帯が足りなさそうですね……」


 ここまでの大怪我は想定していなかったせいで、包帯が切れてしまう。

 服をちぎり代用することも出来るが、セシリアの服はかなり土で汚れてしまっていた。これを包帯の代わりにするのは不衛生だ。

 どうしよう。そう考えたセシリアはあることに気がつく。


「……迷っている暇はありませんね」


 そう言って彼女は、自分の目を覆っている目隠しを外す。

 その布はただの布ではなく、光属性の魔力を帯びている由緒正しい代物。付けていると精神操作系の魔法や魔術を跳ね返す効果を持っている。

 そしてその布はいかなることをしても決して汚れないという効果を持っている。ずっと身につけていた物ではあるが、不衛生ではないだろう。それどころか呪いを少し抑えてくれる効果も期待できた。


「これでよし……と」


 素顔を晒しながら、セシリアはカルスの治療を完了させる。

 しかし、


「う、うう……」


 辛そうに呻くカルス。

 痛みのせいか体が熱を持ってしまっている。このままだと衰弱し、死んでしまうかもしれない。


「急がないと……!」


 セシリアは持ってきた水筒を手に持つ。

 その中には光魔法で清められた『聖水』が入っている。飲めば体力が回復するだけでなく、呪いへの耐性も一時的に上がる。これを飲めば熱も下がるはずだ。

 水筒をカルスの口に当て、水を流し込もうとするが、カルスはそれを入った側から吐き出してしまう。


「飲んで下さい……お願いします……」


 何度も試すが、カルスは辛そうに吐き出してしまう。

 このままだと本当に危ない。窮地に立たされたセシリアは驚きの行動に出る。


「このような形は不本意ですが……申し訳ありません……!」


 そう言うと彼女は水筒の水を自らの・・・口に含む。

 そしてカルスの顔を起こし口を開けさせると、自らの唇をカルスのそれと重ねた。


「ん……」


 聖女の口づけには強い癒やしの力が宿る。

 そう聖王国では言い伝えられている。


 唇を通して光の魔力が流れ込むためなどと言われているが、魔導学的に立証されているわけではない。

 しかしセシリアにはこれくらいしか頼れる知識がなかった。この方法で飲んでくれるようにならなければ他に打つ手はない。


 お願いします。飲んで下さい。


 そんな彼女の祈りが届いたのか、カルスは口移されたその水を飲んだ。


「飲んだ……!」


 セシリアは再び水を含み、カルスに飲ませる。

 助かって欲しい。また楽しく話せるようになって欲しい。その一心で彼を献身的に看護する。


 聖水を飲んだカルスの熱はみるみる内に下がり、容態が安定する。

 セシリアはもう一回と水を含もうとするが……その手が掴まれ、止められる。


「……もう、だいじょうぶ」

「カルス様!」


 まだ少し辛そうにしながらもカルスは目を覚ます。

 感極まったセシリアはひしとカルスに抱きつく。


「よかった……本当に良かった……!」


 抱きつき涙を流すセシリア。

 そんな彼女を宥めるように、カルスは頭を撫でる。


「ありがとう。こんなことまでさせてしまって……」

「いいんです……目を覚ましてくださったのでしたらそれだけで私は……」


 少し落ち着いたセシリアは体を離す。

 近くで見つめ合う二人。永遠にも感じられる時間の中で、セシリアはあることに気がついてしまう。


 それは自分が今、目隠しを外している状態だということ。彼女の顔はカルスに晒されてしまっている。

 彼女の澄んだ青い瞳は特徴的である、素顔を見られれば自分が子供の頃に出会った少女『シシィ』であることがバレてしまうだろう。


「あ、あの。これは」


 別にバレることは構わない。しかし隠していたことをこのような形で知られるのは嫌だった。

 どうしよう、嫌われる。そう思うセシリアだったが、彼女の顔を見たカルスが放ったのはセシリアが想像していなかった言葉だった。


「ごめん、本当は君がシシィであることには気づいてたんだ。初めて会ったあの日から」

「……へ?」


 カルスの言葉にセシリアはぽかんとする。


「え、え、え。ど、どどどどういうことですか!?」

「ごめんね。隠しているのは深い理由があるんだと思って、気がつかないフリをしていたんだ」


 あはは、と笑うカルス。

 一方セシリアは驚きと恥ずかしさで顔を真っ赤にさせていた。


「な、なんで気づかれたのですか?」

「初めて会った時から懐かしい感じがしたんだ、最初はそれがなんでなのかわからなかったけどね。君のことをシシィと確信したのは紅茶を飲んだときだよ」

「あ……」


 魔法学園で会った際、セシリアはカルスに紅茶を振る舞った。

 そして五年前、屋敷で会った際にも同じようにセシリアはカルスに紅茶を出していた。


 その時と味と香りが、カルスの記憶とリンクしたのだ。


「……あの時のことを覚えていてくださったのですね」

「当たり前だよ。シシィは僕の大恩人、大切な人だ。顔を隠したくらいでバレないと思ったら大間違いだよ」


 セシリアは自分の胸の奥がじんと熱くなるのを感じた。

 この身を焦がすような熱い思いを形容する言葉を、彼女はまだ持ち合わせていなかった。


「あの、私、ずっと、会いたくてっ」


 想いが先行し、言葉をうまく組み立てることができない。

 自分のことを明かしたら話したいことがたくさんあったはずなのに、それを言うことが出来ない。

 もどかしくてむず痒くなる。

 そんな彼女の気持ちを察したカルスは、セシリアの手を両手で優しく握る。


「大丈夫、大丈夫だから。落ち着いたらまた昔みたいにいっぱいお話しよう」

「はい、はいっ!」


 セシリアは話したかった言葉を全て飲み込み、カルスの胸に体を預ける。

 カルスは彼女が落ち着くまでその小さな頭を優しくなで続けるのだった。

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