第3話 マーガレット
その少女は夢を見ていた。
今は離れた、母国の夢。その夢の中で彼女は、ある人物と向かい合っていた。
「お姉さま。お話があるのです」
彼女は尊敬する姉にそう話しかける。
「おや、珍しいですね」
姉は意外そうに驚いた。
彼女の妹は消極的な性格だ。大人しく、あまり他人の意見に逆らうことはない。いい子ではあるが姉はそんな彼女のことが心配でもあった。
妹はこの先ずっと自分の好きなことを出来ないのではないのか――――と。
「かわいい妹の頼みとあれば聞かなければいけませんね。どうぞ言ってみてください」
「はい。お姉さまは二年後魔法学園に入学する予定ですが……その権利を私に譲っていただきたいのです」
真剣な様子でその少女……セシリアは言う。
彼女の姉、マーガレットは思いもしなかった彼女の言葉に驚く。
「セシリア。既に入学の手続きは済んでしまっています。それを今から覆すのは大変なことだと理解していますね?」
「はい。たくさんの方のご迷惑になることは承知の上です。それでも私は……魔法学園に行きたいのです」
「……なるほど」
聖王国リリニアーナの二人の美姫、マーガレットとセシリア。
美しく、慈愛に満ち、光魔法を使うことのできる二人の姫は聖王国の至宝である。
レディヴィア王国と友好国である聖王国は、魔法学園に姫を入学させることになっていたが、二人の姫を送ることはできない。せめてどちらか片方、そうしないと国民も納得できないのは明白だった。
白羽の矢が立ったのはマーガレット。
引っ込み思案なセシリアに比べて社交性の高い彼女のほうが、魔法学園に入るには適していると思われたからだ。
マーガレットもそれを快諾した。人とあまり関わりたがらない妹を他国に送るのは彼女としても躊躇ったからだ。
しかし驚くべきことに妹は自らの意思で魔法学園に入りたいと言ってきた。
「貴女がどうしても行きたいというのであれば、それを認めても構いません。私も少しは楽しみにしていましたが、どうしても行きたいというわけではありませんでしたからね」
「で、では!」
「しかし、認めるには条件があります。貴女が魔法学園に入りたいという理由、それを教えていただけませんか?」
「それは……」
セシリアは返答に窮する。どうやら言いづらい理由のようだ。
だがマーガレットはセシリアが魔法学園に行きたがる理由に心当たりがあった。
「巡業で出会った少年が関係ある。違いますか?」
「ぶっ!!」
マーガレットの言葉にセシリアが吹き出す。
ごほっごほっ、と咳き込む彼女の顔はリンゴのように真っ赤になってしまっている。返事をせずともマーガレットの推測が当たっていることは誰の目から見ても明らかだった。
「な、なぜそのことを……」
「巡業から戻ってきた貴女は、前よりも頼もしくなっていました。手紙が届くたび喜んでましたし……なにかよい出会いでもあったのではないかと、貴女のお付きの方に聞いたのです」
「まさかお姉さまがそのことをご存知でしたとは……」
恥ずかしそうにするセシリア。
妹のかわいい姿を見たマーガレットは楽しそうに微笑む。
「質問に答えて下さいセシリア。魔法学園に入りたいのはその少年が関係あるから、ということで間違いありませんね?」
「……はい、間違いありません。私はもう一度あの方にお会いしたい。そして可能なら力になりたいのです」
セシリアはぽつりぽつりと心の内に秘めていた思いを吐露する。
「あの方は過酷な運命の中にいます。私はその支えになりたいのです。そのために私は巡業から戻ったあと、厳しい修行に身を置いたのですから」
「なるほど……あれほど頑張っていたのにはそのような理由があったのですね」
妹の気持ちを知ったマーガレットはしばらく考えたのち、「分かりました」と言う。
「魔法学園の入学者変更手続きに関してはこちらでやっておきます。まだ先のことになるとはいえ、貴女も準備はしておいてくださいね」
「ほ、本当ですか!? ありがとうございますお姉さま!」
顔をパッと明るくさせて喜ぶ妹を見て、マーガレットは微笑む。
あんなに消極的だった妹がここまで喜んでくれるなら、これくらいの手間、なんてことはない。そう思った。
「セシリア。外の世界には大変なことがたくさんあります。苦境に立たされることもあるでしょう。でも貴女なら大丈夫、貴女には強い心と私よりもずっと大きな光の力があるのですから」
セシリアの側に寄ったマーガレットは、最愛の妹をぎゅっと抱きしめる。セシリアは恥ずかしそうにしながらも姉の抱擁を受け入れ、自らも抱き返す。
「ありがとうございます、お姉さま。私、頑張りますから……」
◆ ◆ ◆
「…………ここは……」
夢から覚めたセシリアは、体を起こす。
ざらざらの地面に体をぶつけたせいか、体のあちこちに擦り傷ができている。おまけに頭もズキズキと痛む。どうやら地面にぶつけたせいでしばらく気を失っているだけみたいだ。
「私は確か……魔の者と戦って……」
セシリアは記憶を掘り起こし、何があったのかを思い出す。
「どこか別の場所に飛ばされたと見るのがいいですかね。それにしてもこれはどういう状況なのでしょうか……?」
セシリアの近くにはカンテラが一個置かれており、辺りを照らしている。
パッと見た感じそれ以外に物は何も置いていない。
もう少し明るくしようと魔法を使ってみるセシリアだが、魔法は発動しなかった。
「魔法が使えないとなると、思ったより状況は悪そうですね……あれ?」
セシリアは視界の端に何かを捉える。
カンテラが照らしている所と暗闇の境目、そこに何かが見えたのだ。
「あれは……?」
近寄り確認してみると、それはなんと人の足であった。
「だ、大丈夫ですか!?」
急ぎその人物を暗闇から光の当たる場所へ移動させる。
その人物は、カルスであった。
息はしているが、体中に傷が出来ており苦しそうにしている。このままでは命も危ない、そう見えた。
「そんな! もしかして私を守るために……!」
前の場所にいた時はこんな傷はなかった。
となるとこの傷はここに来てからついたものになる。見れば地面のあちこちには戦闘したような跡が残っている。ここで戦闘があったのは明白だった。
「カルスさん……」
自分のせいで大切な人を傷つけてしまったことに、心を痛めるセシリア。
思わず泣き出しそうになるが……それをぐっと堪える。
「絶対に……絶対に助けます!」
理由は分からないが、今魔法を使うことはできない。
しかし彼女は薬草や
「こんなところで死なせはしません。貴方を助けるため、私はここに来たのですから」
暗闇の中、セシリアの孤独な戦いが始まった。
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