第18話 救われた

 その日の放課後。

 僕は一人で大穴の空いた場所を訪れていた。


 依然ぽっかりと空いたままの大穴。そこには変わらず立ち入り禁止の立て札と柵があった。

 でもその周りにたくさんいたはずの見物客は、すっかり姿を消していた。


 たまに立ち止まって眺めている人はいるけど、ずっと見ている人はいなくなっていた。

 ……一人を除いて。


「やっぱりここにいましたか」

「ん?」


 僕の言葉に反応して振り返ったのは、二年のゴードンさんだ。

 みんなの関心がなくなった後でも、この人だけは変わっていなかった。あの日と変わらず、穴を見てメモを取っている。


「カルス君じゃないか。いったいどうしたんだい? 大穴を見に来たのかい?」

「いえ。今日はゴードンさんに会いに来たんです」

「へ? 私に?」


 ゴードンさんは首を傾げる。

 自分を訪ねに来たとは露程にも思ってなかったみたいだ。


「実は明後日、大穴の中を見学出来ることになったんです。僕の知る中でもっともあの穴に興味を持っているのはゴードンさんです。なので一緒にどうかなと」

「ほう、とうとうあの中に入れるようになったのか。それは興味深いね……」


 思っていた通り、ゴードンさんはこの話に食いつく。

 これで一人メンバーは決まったかなと思ったけど、


「だが……今回は遠慮させていただこう。申し訳ないね」

「え?」


 なんと断られてしまった。

 これにはさすがに驚いた。


「い、いったいどうしてですか?」

「実は今度、開発の教室の生徒と共同開発をすることになったんだ。その最初の擦り合わせを明後日することになっているんだ」

「え……!?」


 確かゴードンさんは開発の教室の中で孤立していたはず。

 だから一人で研究をしていたはずなのに……まさか。


「君とサリアさんが去って少し後に声をかけられたんだ。『貴方のしている研究に興味があります。一緒に研究しませんか』とね」

「す、凄いじゃないですか! おめでとうございます!」


 素直にそう言うと、ゴードンさんは恥ずかしそうにポリポリと頭をかく。

 隠そうとはしているけど、嬉しさは顔に滲み出ている。


「あれから教室の空気は変わり始めている。室長も昔みたいに威圧的な空気を出すことが減ったし、自由な意見が出始めている。これも全て君たちのおかげだよ、ありがとう」

「そんな……サリアさんが頑張ってくれただけで僕は何もしてませんよ」

「そんなことはないさ。事実私は君に救われたのだから」

「へ?」


 何のことだろうと首を捻る。

 サリアさんをて連れて来たのは僕だけど、その事じゃなさそうだ。


「室長が私の研究ことを馬鹿にした時、君は怒ってくれた。それがどれだけ嬉しかったか。あの瞬間、私は救われたのだよ」

「そんな……当然のことをしただけですよ」

「だがその当然のことを出来る人間は少ない。君は私にとって英雄ヒーローなのだよ」


 今度は僕が恥ずかしくて頭をかく番になった。

 英雄ヒーローだなんて言われたことないから照れちゃうね。


「そうだ。私は共に大穴に入ることは出来ないが、これを持って行ってくれないか? たいした物ではないが、きっと役に立ってくれるはずだ」


 そう言ってゴードンさんは前に見せてくれた翻訳眼鏡と。腰につける小さな鞄を僕に渡してくれる。


「この眼鏡は知っていますが、この小鞄ポーチはなんですか?」

「それは『空間拡張』の効果が付いた小鞄ポーチだ。見た目は小さいが、大きめのリュック並みの収納性能を持っている。私の手作りなので一級品の魔道具には劣ると思うが、役に立ってくれるはずだ」


 空間拡張の効果が付いたバッグはかなり便利で高級品だ。

 体一つで旅をする冒険者なら皆んな欲しがる大人気魔道具。当然値も張るし、なかなか手に入らない。

 それを作れるなんてゴードンさんの実力はやっぱり高いんだね。


「い、いいんですか!? こんな物いただいてしまって!!」

「ああ、もちろんだとも。存分に使い倒してくれ。とはいっても運良く作れたそれしかないので無くしても変わりはないのだけどね」


 そう言ってゴードンさんは楽しげに笑う。

 そんなた大事な物をくれるなんて……


「どちらも大切に使います。ありがとうございます」

「喜んでくれて私も嬉しいよ。大穴の見学、私の分も楽しんで来てくれ」


 その後僕はいただいた魔道具の使い方を聞き、うきうきで帰宅したのだった。

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